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食と農

おいしい店はどこ?江戸時代にもあったグルメガイド

料理書、ガイド本の発展で花開いた江戸の食文化

2017.01.06(Fri) 佐藤 成美
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。




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1782年刊、醒狂道人何必醇著『豆腐百珍』の挿絵より。江戸時代後期、料理本や料理屋のガイドブックは華盛りだった。(所蔵:国立国会図書館)

 平和と繁栄が続いた江戸時代は、食文化が発展し、料理本やグルメガイドブックが流行した。江戸の人々は現代人と同じようにグルメを楽しんでいたようだ。

日本人の食事スタイルは江戸時代に定着

 年も明け、お節料理など和食を食べる機会が多い季節である。お雑煮やお節料理の数々をはじめ、しょうゆやそばなど私たちが食べているものは江戸時代に広がったものが多い。1日3食の食習慣や一汁三菜などの食事スタイルも江戸時代に定着したものだ。
 江戸時代の260年余りは、平和と繁栄が続いた時代だった。江戸では、日本の中心地として武士が住むようになると商人や職人も増え、人口は増加の一途をたどり、世界でも最大規模の都市に発展した。
 17世紀後半から18世紀にかけては、江戸の都市文化が花開くとともに、食文化も発展した。食文化が発展した背景には、江戸の周辺に耕地が増大し、たくさんの作物が出回るようになったこと、流通網が発達したこと、酒や醤油、みりんなどの調味料が江戸で生産され広まったことなどがある。さらに、料理技術が一般的に普及し、料理や食を楽しむという風潮が社会に浸透した。
 こうした食文化をさらに繁栄させたのが、料理本の流行だ。江戸時代には200点以上の料理書が成立したという。それまでは、料理の技術は料理の流派において口伝や秘伝で伝えられるのみ。江戸時代初期には日本料理の儀式の1つ「包丁式」を伝える書などがあったが、その流派以外の人には料理の技法は伝わりにくかった。
 流通が発達し、食材の種類が増えると、料理法は多彩になる。庶民もお金を出せばいろいろな食材が手に入るようになったので、料理書の流行とともに料理の知識や技術が一般に広まった。

「百珍もの」などの料理本が庶民に流行

 江戸時代中期の料理書は、大名家に仕える料理人など専門家を対象にしたものだった。
 1643年刊の『料理物語』(作者不詳)は料理を作る人の立場になった実用的な内容で、当時としては画期的なものだ。また『料理網目調味抄』(嘯夕軒宗堅著、1730年)は料理法や料理の心得、用語集が記されていた。そのほか『江戸料理集』(1674年)や『料理塩梅集』(塩見坂梅庵著、1668年)などがあったが、これらはいずれも専門家向けで料理の手順などを教えるようなものではなかった。

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嘯夕軒宗堅著『料理網目調味抄』第五巻より。(所蔵:国立国会図書館)

 一方、江戸時代後期に出版された料理本は、一般向けで分かりやすく、遊び心があるものだった。
 その端緒となった『豆腐百珍』(醒狂道人何必醇著、1782年)は、豆腐料理を100種類紹介したもの。「珍」とは「美味」を意味する。単に豆腐料理を集めただけでなく、豆腐料理を「尋常品」「通品」「佳品」「奇品」「妙品」「絶品」にランク分けしている。
「絶品」は「妙品よりさらに優れたもので、珍奇にたよらず豆腐の真の味を伝える、絶妙の調和がとれた料理」とのこと。「揚げ流し」「辛味豆腐」「礫(つぶて)田楽」「湯やっこ」「雪消飯(ゆきげめし)」「鞍馬豆腐」「真のうどん豆腐」の7種類が挙げられている。豆腐に関する歴史や関連事項なども記載され、読み物としても楽しめる。

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醒狂道人何必醇著『豆腐百珍』の「絶品」のページ。(所蔵:国立国会図書館)

 豆腐百珍の流行を追って、たまご、だいこん、ゆず、甘藷、はも、こんにゃくなどを題材にした百珍ものが次々に刊行された。
『万宝料理秘密箱』(器土堂著、1785年)は鶏と卵の料理集で、前編には29種類の鶏料理、後編の「卵百珍」には103種類の卵料理が載っている。また『諸国名産大根料理秘伝抄』(器土堂著、1785年)は、煮物、汁物、なます、漬物など大根料理が並ぶ。大根の飾り切りの方法が載っており、料理の遊び心を感じさせる。
『料理早指南』(醍醐山人著、1802年)には、「料理問答」という料理の疑問に答えるページがあった。

 こうした一般向けの料理本の中でも、大ベストセラーといえば『江戸流行料理通』だ。江戸で一番の高級料亭「八百善」4代目主人の栗山善四郎が1822年から1834年にかけて書いたもので、料亭料理のレシピから調理器具の使い方までが明かされたばかりでなく、蜀山人や亀田鵬斎などの文人が寄稿し、谷文晁、葛飾北斎ら一流画家が挿絵を描き、評判になった。江戸土産として人気を博し、八百善の名は全国に知れ渡ったが、これはマスコミを使った広告戦略だった。

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栗山善四郎著『江戸流行料理通』初編の挿絵。(所蔵:国文学研究資料館)

江戸版“グルメガイド”も登場

 江戸時代になると、八百善のように多くの外食店が現れた。江戸の最初の料理屋は1657年、浅草寺の門前にできた奈良茶飯屋と言われる。江戸中期の宝暦年間(1751~64年)の頃から本格的な料理屋が現れたものの、老中松平定信の寛政の改革(1787~93年)による引き締めで一時衰退した。
 江戸時代後期の文化・文政年間(1804~30年)になると、江戸の発展とともに高級料理店から、定食屋、屋台までたくさんの外食店ができた。高級料理店で特に有名なのが先に挙げた八百善だ。山谷にあった八百善は、客の要望を重視し、季節や値段を度外視した高級料理を出し、金持ちや文人に受け入れられて発展した。
 気軽に食べられる料理として、そばや天ぷら、すしなどの屋台が発達した。江戸には周辺地域から労働者が集まり、単身の男性が多かったためだ。また、庶民は物見遊山や寺社参拝などの娯楽を興じるようになり、土地の名物や季節のものを味わうことも大きな楽しみになった。人々の食への関心は高まるばかり。そこで登場したのが、いまでいうグルメ本だ。
 江戸一番の繁華街であった日本橋付近にはたくさんの店が軒を連ね、各地から人が集まった。不慣れな人でも分かるように、食品関連の問屋や料理屋がどこにあるかを記したガイド本がまず出版された。
『江戸買物独案内』(中川芳山堂著、1824年)は、大坂から江戸に出向く商人向けの本で、2600店が「いろは」順に記載され、飲食の部には148店が掲載されている。一方、『江戸名物酒飯手引草』(1848年)は飲食店専門のガイドブックだ。また、『江戸名物詩』(方外道人著、1836年)は菓子屋がたくさん掲載されているのが特徴。現在も向島に店を構える「長命寺桜餅」の名も連ねる。

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中川芳山堂著『江戸買物独案内』2巻付1巻「飲食之部」より、御膳蕎麦屋の目録。(所蔵:国立国会図書館)


 料理屋ガイドが流行すると、有名店が誕生し、有名店を番付する評判記や、有名店がコマに並ぶ双六も登場した。
『富貴地座位』(悪茶利道人著、1777年)は、有名な商店と商品名をランキングしたもの。『流行料理献立竸(くらべ)』(気盛庵著、1854年)は、江戸の料理屋129店を番付した。
 また、『即席会席御料理』(1859年)では、江戸で有名な高級料理店を大関、関脇、小結というように番付した。いわばミシュランガイドのようなもの。先の八百善は、番付に入らず、別格で扱われ大きな文字で名前が記されている。流行した絵入りの読み物や浮世絵にも、食を題材にしたものが数多くみられる。
 双六のほうでは『江戸名物菓子屋双六』(歌川国芳画、1847年)が知られる。江戸の名物菓子屋20種類をめぐる双六だ。

江戸時代のレシピが甦る

 こうした料理本やグルメ本をぜひ見てみたい。豆腐百珍のように現代語訳され注釈付きの本や古典料理書の複製版である『翻刻 江戸時代料理本集成』(吉井始子編、臨川書店)などが出版されている。また、原書は大学の図書館や博物館などに所蔵されている。
 国文学研究資料館と国立情報学研究所は、源氏物語など約700点の古典をインターネットで公開しており、その中には『万宝料理秘密箱』の中の「卵百珍」が含まれる。さらにくずし字で書かれた卵料理20点のレシピを現代語に訳して公開した。
 しかし、料理を再現しようとすると、当時の材料や道具、計量の単位が現代と異なるため、文化的な背景の理解なしには困難だ。そこで、手始めに「冷卵羊羹」など5点を現代の材料や道具でもつくれるようにわかりやすくして、クックパッドで公開。レシピ数は増えている。和食の歴史と文化を理解する一助になればと試みたそうだ。
 江戸時代の人々の姿を思い浮かべながら、チャレンジしてみたい。

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File.36  名刀味噌本舗 無添加の自家製味噌作りを推奨する

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無添加にこだわった麹作りを昔ながらの製法で3代に渡り受け継いでいる名刀味噌本舗

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醤油技師だった高原喜久郎氏は、昭和29年に「こうじ高原」を
創業し、麹作りの技術を生かして甘酒や味噌を作り始めた。

試作を繰り返しようやく開発した、大麦と大豆を醤油麹菌で醸し
乾燥させた「ひしおの糀」。醤油を加え2週間の発酵期間を経て、
もろみ味噌になる。自然に則した食事法であるマクロビオティッ
ク関係者の目に留まり、善玉菌を生きたまま食すことができると
自然食品店との取引が広がった。

室を改良してまで守りたい昔ながらの製法や完全無添加へのこだ
わりは、大学で微生物を学んだ息子である宣隆氏にそのまま受け
継がれ、「刀剣の里長船」にちなんで屋号を「名刀味噌本舗」に
改名した。

さらに、孫の陽平氏・隆平氏ともに大学で醸造学を専攻し、発酵
の奥深さを実感。自然食品や発酵食品、調理や流通などを習得し
て長船に戻ってきた。若い2人の知識を生かし、新商品の開発に
も積極的に取り組み、乳酸菌と天然酵母が豊富に含まれた調味料
「生塩麹」を発売した。それに合わせてHPやリーフレットもわ
かりやすく刷新。

じっくりと手をかけた発酵食品には、微生物による計り知れない
力が宿っている。伝統を守りつつ、新しい感覚で日本の食文化を
継承する。

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【おかやま産業情報】2016年年度末号 掲載
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名刀味噌本舗

http://www.meitoumiso.com/


住所:瀬戸内市長船町土師14-3
TEL:0869-26-2065
FAX:0869-26-2043

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おかやま企業情報ナビ

IT関係

「Chrome」でHTTP接続サイトへの警告表示、1月に開始へ

CNET JAPANJohn Fontana (Special to ZDNet.com) 翻訳校正: 編集部 2016/12/28 09:19

 Googleは2017年をセキュリティメッセージとともにスタートする。
 2017年1月より、Googleはログインやクレジットカード番号の入力を含むウェブページがHTTPSによる暗号化通信をしていない場合、「Not Secure(安全ではない)」というタグをつける。HTTPSは安全性を強化したインターネットプロトコルだ。

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提供:Google

 Googleは12月27日、ウェブ管理者向けのツール「Google Search Console」で告知を開始し、変更は2017年1月より有効になると警告している。
 この変更は、Chromeブラウザのバージョン56以降でサポートされることになっている。
 Googleは安全ではないHTTPサイトをコンテンツに関係なくマークするという長期的な計画を持っており、これは第一歩となる。例えば、今後公開されるChromeのバージョンでは、シークレットモード(Incognitoモード)でHTTPページを「Not Secure」と分類することになっている。
 ウェブ管理者が全てのページをHTTPSに移行しなければならない期限は明らかにしていない。
 Googleはこれらの取り組みを進めて、より安全なログイン方法を選ぶようコンシュマーや「G Suite」のユーザーに促していく計画だ。
 HTTPSは、データがエンドユーザーのコンピュータとウェブサイトの間を移動するにあたって一貫性と機密性を保護することを目的に設計されている。ログインの証明書など個人情報や機密情報を保護してくれる。
 通信は、暗号化、データの一貫性、認証を提供するTransport Layer Security(TLS)プロトコルにより保護される。認証部分は、中間者攻撃に対抗し、エンドユーザーの信頼を得られるよう設計されている。
 
この記事は海外CBS Interactive発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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CNET JAPAN

食と農

ウナギロンダリング 闇ルートを追う

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WEB特集
12月13日 22時13分
日本人が大好きなうなぎ。実は、私たちが口にしているものは、密輸を経たものである可能性が少なくありません。最近、うなぎが高いと感じることが多いと思います。ある老舗のうなぎ店では、うな丼の並が3300円。10年前に比べて1400円値上がりしました。価格の高騰の要因のひとつは、ニホンウナギの生息数の大幅な減少で、おととし、国際機関から絶滅危惧種にも指定されました。ただ、業界に詳しい関係者から、価格高騰のもうひとつの要因として指摘されているのが、ウナギの稚魚をめぐる「不透明な国際取引」です。ウナギは、どこで水揚げされ、どのようなルートで私たちのもとに届いているのか。NHKでは取材班をつくり、国際的な闇の流通ルートを徹底追跡しました。その結果、闇のルートの一端が見えてきました。あわせて、背景には、夏場の「土用の丑(うし)の日」が関係していることも見えてきました。

香港の謎



私たちが食べているうなぎのほとんどが、ウナギの稚魚「シラスウナギ」を養殖したものです。その「シラスウナギ」を、日本が最も多く輸入しているのが香港です。

私たちは、まず、香港有数の漁港を訪ねました。活気づく港では、ヒラメやワタリガニなどが水揚げされていましたが、どこを探しても、シラスウナギの姿はありません。香港の多くの漁師が加入している団体に尋ねると、「香港では、シラスウナギの漁は行われていない」といいます。

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香港にある7つの市場を管理する団体も、「シラスウナギが取り引きされた記録はない」といいます。香港ではとれず、流通もしていないシラスウナギは、いったいどういう経緯で、香港から大量に日本に輸出されているのか。

香港の“再輸出”業者


取材を進めると、シラスウナギの“再輸出”を行っている施設が、香港の中心部から車で40分ほどの場所にあるという情報を得ました。

“再輸出”とは、ほかの地域から届けられたシラスウナギを日本などへ再び輸出することです。「立て場」と呼ばれるその施設は、全体が、高い塀に囲まれ、外部からの侵入を警戒しているような印象でした。

私たちはこの施設を運営する会社の社長に接触し、社長は場所を特定しないことなどを条件に取材に応じました。

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この日、水槽の中には、中国大陸に送られるという別の種のシラスウナギが大量に泳ぎ、日本向けのシラスウナギも届き次第、この施設から輸出するといいます。

そして、社長は「1袋で、1キロ5000匹。2袋をひと箱に詰めて、東京や福岡、名古屋などに空輸している」と話しました。では、これらのシラスウナギは、どこから運び込まれているのか。
尋ねたとたんに社長は言葉を濁しました。「周辺の地域から、としか言えない」。

シラスウナギを持ち込む業者が、どこでとり、どんなルートで運んできたのか、自分は知らないし、あえて業者に尋ねない、と言います。
「シラスウナギが届いたら、注文に応じて日本へ送る。私は、私の仕事をやるだけだ」。

“輸出量逆転”何を意味?


シラスウナギはどこから来ているのか。その手がかりとなる数字が日本の貿易統計にありました。

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日本への輸出が最も多い香港。しかし、2007年以前は、ほとんど輸出を行っていません。一方、それまで大量に輸出していたのは台湾でした。輸出量が入れ代わった2007年。この年に起きたのは、台湾が資源保護のために行った「輸出の禁止」です。この数字の入れ替わりに意味があるのではないか。私たちは、台湾で取材を進めました。

台湾は11~12月に最盛期


台湾北東部の宜蘭県にある漁港は、11月にシラスウナギ漁が解禁され、漁を行う人たちでにぎわっていました。海岸には台湾各地から集まった人たちがテントを張り、波打ち際で網を引いては、シラスウナギを集めていたほか、夜になると、100隻余りの漁船が競うように海に出て、大きな網でシラスウナギの漁を行っていました。

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漁を終えたひとりに、シラスウナギを見せてもらいました。1袋に300匹から400匹。この日の取引価格だと、1袋で日本円にして、およそ10万円。この10年で相場が7倍に高騰しているといいます。

水揚げ後“行方不明”に


水揚げされたシラスウナギは、仲買人の自宅に買い集められていました。この家では、仲買人の女性のひとりが「数え歌」を歌いながら、シラスウナギを買い取っていました。歌うのは、数え間違いを防ぐためだといいます。
私たちは、仲買人の女性に、集めたシラスウナギの行き先を尋ねました。ところが、仲買人の女性の答えは、「売ったあとのことは知りません」。買い手が誰かを探りましたが、確かめることはできませんでした。
水揚げされたシラスウナギは、この時期、台湾からの輸出が禁止されているため、台湾内で育てて流通させることになっていますが、仲買人から先の行き先を、たどることができなくなってしまいました。

“消えた”シラスウナギは


私たちは、台湾のウナギ業界に詳しい人物を訪ねました。
ウナギの養殖業者や流通業者で作る団体の元代表、郭瓊英さんです。郭さんは驚くべき事実を教えてくれました。示されたのは、業界団体で調査した2012年のデータ。漁獲されたシラスウナギが3.2トンあるのに対し、台湾で養殖に使われた量はわずか0.8トン。本来なら台湾内で流通しているはずのシラスウナギの大部分が行方不明になっているというのです。

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郭さんは、“消えた”シラスウナギの多くは海外に密輸されているといいます。「どのくらいの業者が密輸に関わっているか、私たちも知るよしがないが、多くの人がやっているのは明らかだ」。

「密輸」の証言を得る


さらに取材を進め、密輸に関わっている人物にようやくたどり着きました。匿名を条件に取材に応じた男性は、密輸に関わっていることを認めたうえで、「台湾で水揚げされ、行方不明となったシラスウナギのほとんどが、日本に輸出されている」と証言しました。
そして、「日本人のほうから、電話で交渉してくる。取引が決まれば、台湾から香港に送り、香港から日本へは正式な輸出品として売っている」と話し、台湾からの輸出が禁じられているにもかかわらず、シラスウナギを求めてくるのは日本人だと明かしました。

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さらに、男性は複数あるという密輸ルートのひとつとして、中国大陸の近くにある台湾の離島「金門島」を経由して運び出す方法を具体的に話しました。「航空便でまず金門島へ行く。そこから船に乗り換えて、一般の観光客と同じように手荷物として持ち込み、中国の福建省アモイまで行く。アモイに運んだものは陸路で香港へ。そこから日本へ輸出している」。

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男性が証言した“金門島ルート”


男性の証言を検証するため、金門島へ向かいました。中国大陸までわずか2キロ。かつては、軍事対立の最前線でしたが、最近は交流が盛んになり、大陸側から年間30万人以上が訪れるようになりました。
私たちは、男性の証言どおり、船を使って荷物を運ぶ際、チェックをうけることはないのか、確かめることにしました。シラスウナギに見立てた樹脂製の擬似餌を袋に入れ、少量の水を加えます。乗船のルールに反しない方法で、台湾のスタッフが運びます。
ターミナルには、預け入れ荷物に生き物を入れることを禁止するという表示がありましたが、手荷物の場合、特に制限はないとのことでした。乗客の手荷物は、X線の検査装置を通します。1時間余り観察を続けましたが、乗客の荷物を開けて検査する様子は確認できませんでした。私たちの荷物も開けられることなく乗船することができました。

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この方法で、密輸業者は、1回につきおよそ20キロ、数千万円に相当するシラスウナギを持ち込むといいます。今回の取材では、密輸に関わっている男性の証言どおり、厳しいチェックはありませんでした。

台湾の空港で密輸の摘発も


私たちが取材を進めていた先月26日、シラスウナギの密輸の氷山の一角が明らかになりました。台湾北部の空港で、32万匹6000万円相当のシラスウナギが摘発されたのです。当局によると、香港行きの飛行機の預け入れ荷物から発見されました。

ウナギ“ロンダリング”


かつては漁が盛んな台湾から日本に直接輸入されていたシラスウナギ。
2007年に資源保護のため台湾からの輸出が禁止されたあと、代わりに出来たのが「台湾から香港を経由するルート」です。
台湾から香港への輸送は「密輸」になります。香港から日本へは、合法的な輸入品として入ります。いわば「ロンダリング」とも言われる事態が起きています。

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日本に輸入されているシラスウナギのおおむね8割は、香港から輸入されています。「密輸」を経たものがどのくらいになるのか、闇取引の全体像はわかりませんが、私たちが日本で口にしているウナギの中に、密輸を経たものが含まれている可能性が少なくないという状況です。

国際社会からも厳しい目


東アジアでのニホンウナギの不透明な取引には、国際社会からも厳しい目が向けられています。
ことし10月には、野生生物の保護を図るワシントン条約の締約国会議で、EUが不透明な国際取引が乱獲を招いているとして実態調査を提案し、調査を行うことが決まりました。調査の結果によっては、3年後に開かれる次の締約国会議で、ニホンウナギの国際取引が厳しく規制される可能性もあります。

背景にある「土用の丑の日」


闇取引はなぜ横行し続けるのか。そして、なぜ、日本側が求めるのか。取材を進めると、日本で最も多くウナギが消費される、土用の丑の日と関係していることがわかってきました。

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日本の、去年1年間の蒲焼きへの消費金額を表したグラフ見ると、7月から8月の土用の丑の日の前後に、年間消費量の3分の1が集中しています。

次に、日本での養殖のスケジュールを見てみます。最近多くの養殖業者が採用している、養殖期間が短い「半年間」で育てる方法では、土用の丑の日までに出荷しようとすると、稚魚を、1月上旬までに仕入れる必要があります。
これに対し、日本でシラスウナギがとれる最盛期は、1月から2月で間に合いません。

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一方、台湾の最盛期は、11月から12月で、日本で養殖を開始したい1月上旬までに手に入るのです。ニホンウナギは太平洋のマリアナ諸島沖で生まれた後、黒潮の流れにのって、11月以降、台湾、中国、日本の順にたどり着きます。この時間の差が「香港経由の稚魚」に注文が多く集まる理由になっていました。

土用の丑の日 見直す動きも


土用の丑の日に向けて流通や消費が集中するいまの状況を見直そうという動きも出てきています。

三重県松阪市でウナギ養殖場を経営する野口茂司さんは、これまで11月から12月にかけて香港からのシラスウナギを多く仕入れてきました。しかし、仕入れ値は、この5年間で3倍以上になり、値上がりの大きさに頭を痛めています。野口さんは、私たちにノートを示しながら、「このときは、1億3900万円を振り込めときた。あまりの値段の高騰ぶりに、ついていけない」と話しました。

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こうした状況から抜け出したいと、野口さんは、ことしから養殖の開始を、一部、稚魚の値段が下がる2月から3月の時期に遅らせました。このやり方だと、土用の丑の日までに出荷できなくなるため、売値は2割ほど下がりますが、仕入れ値も下がるため、採算は取れると見込んでいます。野口さんは、「このやり方のほうが、安心してゆっくりと養殖できるようになる」と話しています。

土用の丑の日にこだわる営業をやめた専門店もあります。静岡県三島市でうなぎ専門店を営む関野忠明さんは、以前は土用の丑の日に、ふだんの3倍の量のウナギを仕入れていました。
しかし、関野さんは3年前から、取り扱うウナギの量を増やすことをやめ、店内でPRすることも控えています。土用の丑の日の前後は、仕入れ値が2割ほど高くなるにもかかわらず、品質が落ちるものが少なくないと感じたためです。

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今、関野さんの店では、品質的に納得できるウナギだけを提供することにしています。そのためにウナギの仕入れを減らし、以前は夜8時までだった営業時間を大幅に短縮しました。
ウナギの資源が減少する中、伝統の食文化を守るにはウナギの消費のしかたを見直す必要があると考えたからです。
関野さんは「一匹一匹のウナギを大切にすることが、絶滅危惧種を売る店の責任ということにもつながると思う。日本の伝統料理であるうなぎの蒲焼きを、後世に伝えていけるように取り組みたい」と話しています。

問われる最大消費国・日本の対応


今回の取材の中で、ウナギ専門店や養殖業者の中には、土用の丑の日に向けて出荷が集中する現状に、問題意識を感じている人が複数いました。業界団体の幹部も、「業界としては土用の丑の日に高まる需要に応える必要がある」としながらも、不透明な国際取引をこのまま放置できないことは認識していて、「襟を正さないといけないと思う」と話しています。
水産庁も、同じような問題認識を持ち、台湾などとの国際協議の中で稚魚の取引の正常化を模索する必要性があることを認めています。

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今回、私たちが追跡した「闇ルート」については、多くの関係者が問題だと認識しながらも、自分たちで改善できない状態に陥っているというのが率直な取材実感です。

しかし、漁獲や流通の実態を透明化したうえで、資源管理に取り組まなければ、ニホンウナギを枯渇させてしまうおそれがあります。日本はかつて、ヨーロッパ産のヨーロッパウナギをたくさん消費したことで、資源を枯渇させ、国際取引の規制につながった苦い経験があります。 日本は、世界最大のウナギの消費国として、問題の解決に真正面から本気で取り組めるのか、国際社会から厳しく問われています。

科学文化部
黒瀬総一郎 記者

社会番組部
柴淳一
ディレクター

台北支局
田島則之 記者

香港支局
吉岡拓馬 記者

広州支局
松田智樹 記者

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NHK NEWS WEB

発酵・醸造食品

飲む美容液!驚きの“甘酒”パワー

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檀れいさんや平子理沙さん、道端アンジェリカさんなど、美肌自慢の女性たちが愛飲し、ここ数年で売り上げ急増中の「甘酒」。
米麹で作る昔ながらの甘酒は、ノンアルコール、ノンシュガーで、必須アミノ酸やビタミンB群、オリゴ糖などが豊富に含まれており、専門家も「ヨーグルトに勝るとも劣らない」と太鼓判を押すほど。
近年の実験でも、乾燥肌がプルプルのお肌に改善した、スポーツの疲れが軽減した、便通がよくなったなど、さまざまな美容・健康効果が報告されています。
番組では、甘酒を飽きずにおいしくいただく飲み方のバリエーションや、安いお肉やお魚がふっくらジューシーになる料理法、年末年始におすすめのもてなし料理を紹介。
さらに、甘酒を家庭で簡単に手作りする方法もお伝えしました。

飲む美容液、甘酒。驚異のパワー
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甘酒を飲み始めて2年になる、モデルの道端アンジェリカさん。寝る前、小腹のすいたときなどに飲むと、よく眠れ、翌朝の肌の調子やお通じにも効果があるといいます。
甘酒を4週間、女子大生に飲んでもらったところ、肌のきめが整い、乾燥肌や吹き出物が改善。大学の陸上長距離選手に合宿中に毎日飲んでもらい、飲んでいない選手と比較したところ、30%の疲労軽減効果がありました。
番組では、あさイチサポーターに2週間甘酒を飲んでもらい、肌の状態や体調の変化を調べました。その結果、肌トラブルや疲労感が有意に改善。「頑固な便秘に悩んでいたのに毎日出るようになった」「寝起きがよくなりイライラが減った」といった報告が寄せられました。

甘酒のおいしい飲み方
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ここ数年、売上げを大きく伸ばしている甘酒。新潟にある酒造メーカーの甘酒工場を訪ね、甘酒のおいしい飲み方を教えてもらいました。甘酒にレモンやしょうがをいれたもの、ジュースや豆乳、ほうじ茶と合わせたもの、ジャムやヨーグルトと合わせたラッシーなど、いろいろなバリエーションで甘酒を楽しみました。甘酒と合わせることで、まろやかに飲みやすくなり、すっきりとした味わいになりました。甘酒は酸味のある果物と合い、ビタミンCもとれます。混ぜるときの基本は1対1です。

万能調味料“甘酒”
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甘酒を使った料理を、“発酵王子”こと料理人の伏木暢顕さんに紹介してもらいました。
番組では、1日甘酒に漬けたさけと、そのまま焼いたさけを食べ比べたところ、甘酒に漬けたものは劇的にしっとりおいしくなっていました。ハンバーグのたねや鶏のから揚げの下味に甘酒を使うと、いつもの料理がよりふっくらジューシーに仕上がります。
甘酒の持つ酵素の働きで、食材のタンパク質がアミノ酸に、でんぷんがブドウ糖に分解されうまみや甘みがアップ。素材の味を邪魔せず、まろやかな味わいになるのです。
人の集まる機会が多い年末年始にオススメの、手まりすしと鶏だんご鍋もご紹介しました。
すし酢に砂糖の代わりに甘酒を使った手鞠すし。お酢のつんとくる感じがなく、ネタの味が引き立つ優しい甘さです。鶏もも肉のミンチに甘酒を混ぜた鶏だんごと、甘酒に漬け込んだ手羽元を使った、鶏だんご鍋。甘酒の効果で、鶏だんごは、つなぎを使わなくてもふっくら、手羽元もプルプルの食感になります。



手鞠すし
甘酒を砂糖代わりに使った酢飯でつくる手鞠すし。
材料
お米
2合
すし酢の材料
お酢
80ミリリットル
甘酒
90ミリリットル

小さじ2
すしだね
お好みで
作り方
ごはんを炊き、すし酢の材料は混ぜ合わせておく。
ごはんが炊けたら、盤台に移す。すし酢を加え、うちわであおぎながら切るようにまぜ10等分にする。
すしだねは大きいものはカットしておき、ラップの中央におき、(2)のごはんをのせて茶巾絞りにし、器に盛る。



鶏だんご鍋
甘酒で鶏肉のうまみと食感をUP。
材料・4人分
鶏だんごの材料A
鶏びき肉(もも肉だけ、あるいは、もも肉と胸肉半々で)
250グラム
ネギみじん切り
大さじ1
しょうがみじん切り
小さじ1

小さじ2分の1
甘酒
大さじ1
手羽元
4本

小さじ2分の1
甘酒
大さじ2
白菜、春菊など季節の葉物野菜
適宜
ネギ
適宜
万能ネギ
適宜
キノコ類
適宜
ポン酢
150ミリリットル
甘酒
大さじ1
昆布だし
1リットル
作り方
Aを混ぜ合わせ、保存袋にいれて、1日冷蔵庫で寝かせる。(時間のないときは常温で4~5時間おく)
手羽元は、塩をふってよくもむ。水けを拭き保存袋に甘酒と一緒にいれて袋の外からもみこみ、1日冷蔵庫で寝かせる。(時間のないときは常温で4~5時間おく)
手羽元の甘酒を軽く取り除き、土鍋に入れ、冷めた状態のだし汁をいれて弱火にかける。アクを取りながら20分ほど加熱する。
食べやすい大きさにカットした野菜、キノコ類を鍋に入れ、野菜に火が通ったら、火を止めて、(1)の鶏ひき肉を丸めて入れ、フタをして弱火で加熱し、火が通れば完成。
塩を少々ふっていただく。またお好みで甘酒ポン酢をつけていただく。



ハンバーグ
甘酒をつかった、ふっくらジューシーなハンバーグ。
材料
A
合いびき肉
400グラム
甘酒
大さじ2と2分の1

小さじ1
こしょう
少々
たまねぎみじん切り
2分の1個
サラダ油
大さじ2
作り方
フライパンにサラダ油大さじ1をひき、たまねぎを炒める。しっかり火が通ったら、あら熱をとり冷ましておく。
Aをよく混ぜ合わせ、粘りけがでたら、(1)のたまねぎを合わせてさらによく練り合わせ、保存袋にいれ半日から1日冷蔵庫で寝かせる。
弱火で熱したフライパンにサラダ油大さじ1を入れ、(2)をじっくり焼き、火が通ったら器に盛る。



鶏のからあげ
甘酒を使ったふっくらジューシーなからあげ。
材料
鶏もも肉
1枚
A

小さじ1
甘酒
大さじ1と3分の1
セロリみじん切り
小さじ1と2分の1
にんにくスライス
小ひとかけ
しょうがスライス
小ひとかけ
かたくり粉
揚げ油
作り方
鶏肉は食べやすい大きさに切り、塩をふってよくもむ
保存袋にAを入れて混ぜ、(1)を入れて袋の外からもみ込み、半日から1日冷蔵庫で寝かせる
鶏肉についてタレをぬぐい、かたくり粉をまぶし、170度の油できつね色になる手前で揚げて取り出す。10分間おく。
再度、180度の油で、きつね色になるまで揚げる。器に盛る。



江戸時代から続く甘酒屋
東京神田にある江戸時代から170年続く甘酒屋を訪ねました。
店の看板姉妹の天野寿美子さんと史子さん。嫁いで半世紀以上、毎日甘酒を飲んできたおかげか、肌がとてもきれいで、83歳と69歳という年齢が信じられないほど。
店の地下にある「室」(むろ)と呼ばれる場所で、甘酒の元になる米麹が作られていました。温度湿度が年間を通じて一定に保たれる室は、米麹作りに最適な場所になっています。
できたての甘酒はジャムのように甘く、パンに塗ったりヨーグルトにつけるとおいしいという寿美子さん、史子さん姉妹。1日立ち仕事という二人を支えているのは甘酒パワーでした。
簡単! 手作り甘酒
自宅でも簡単にできる甘酒造りを、発酵料理研究家の舘野真知子さんに教えてもらいました。
餅米(普通のお米でも可)を使っておかゆを作り、水と米麹をまぜ、魔法瓶に入れて60度で8時間保温するとおいしい甘酒ができます。ポイントは温度管理。麹の酵素は55~60度でよく働くので、冬場は4時間たったところで、鍋に入れ弱火で1分加熱し直し。再び魔法瓶に戻して4時間置けば、おいしく仕上がります。小瓶に小分けにして冷蔵庫に入れれば1週間はもちます。冷凍保存すれば1~2か月は大丈夫。保存袋に薄くのばして冷凍すると、糖度が高いためカチカチに凍らず、使うときに好きな量が取り出せます。
甘酒
自宅で簡単手軽に作れる甘酒。
材料
もち米
2分の1合

300ミリリットル
乾燥米麹
70グラム
500ミリリットル保温ポット
作り方
もち米を洗い炊飯器にもち米、水200ミリリットルを入れて30分ほど浸水して、おかゆ機能で炊く。
炊きあがったら、お釜を取り出し、水100ミリリットルを加え混ぜ温度を65度ほどに冷ます。
米麹を加えて混ぜる。(温度が60度程度になる)
保温ポットに熱湯を入れ振って全体を温める。
保温ポットに(3)を入れフタをして少し緩める。
4時間ほど置く。
鍋にあけて弱火で1分ほど混ぜながら温める。(60度ほどになる)
再度、保温ポットに戻し、さらに4時間置いて出来上がり。
保存は保存容器にたっぷりといれて冷蔵庫で1週間程度。
ジッパー付き保存袋に入れて冷凍保存で1~2か月程度。



ゲスト:君島十和子さん、鈴木拓さん
VTRゲスト:伏木暢顕さん(料理人)、舘野真知子さん(料理研究家)
リポーター:三輪秀香アナウンサー



平成28年12月5日 放送

詳細は↓をCLICK
あさイチ
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NHK総合 毎月曜~金曜
午前8時15分~9時54分


 このところ麹から造られた甘酒が盛んにマスコミ等で取り上げられ マイナーな存在から一躍脚光を浴びようとしている。
従来、一部祭事等ではふるまわれたりすることもあったが需要期も冬季にほぼ限られ、購買層も高齢者が多く、いずれは忘れ去られるのではないかと言う危惧も覚えていた。
現在ではこの記事にもあるように、肌にいいなどの効用が認知され、TOPモデルや有名女優の推奨を受け幅広く受け入れられようとしている。


参考: ↓下記をCLICKしてご覧ください。
発酵食についての間違った知識〜甘酒編①
発酵食についての間違った知識〜甘酒編② (ゲストとして番組にも登場した 醗酵王子こと 伏木暢顕氏のコラムより)

技術・研究

「海水」で生まれ変わった沖縄・久米島

地方創生、成功のカギはオンリーワン創出
林 英樹(はやし・えいき) 2016年11月28日(月)
日経ビジネス記者

大阪生まれ。神戸大学法学部卒業後、全国紙の社会部記者として京都・大阪で事件を取材。2009年末に日本経済新聞社に入り、経済部で中央省庁担当、企業報道部でメディア・ネット、素材・化学業界などを担当。14年3月から日経BP社(日経ビジネス編集部)に出向し、製造業全般を取材している。
※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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沖縄の離島、久米島。透明度の高い海はダイバーに根強い人気がある
 沖縄本島から約100km西方に位置する久米島(沖縄県久米島町)。人口1万人弱の小さな離島が今、世界から注目を集めている。
 きっかけとなったのが、海底から汲み上げられる海洋深層水の有効活用だ。久米島では2000年、水深約600mの海底にパイプを設置。パイプを伝って1日当たり約1万3000tもの海洋深層水を取り出している。海洋深層水の取水設備は北海道や富山県などにも設置されているが、取水量は最大でも同4000t程度。久米島の取水量は突出して多い。
 海洋深層水はただの海水ではない。大きく分けて3つの特徴がある。1つ目は低温性。表面近くの海水は太陽光の影響を受け、22℃~30℃と季節によって水温が変化するが、海洋深層水は年間を通じて8℃前後と低位で安定している。
 海洋深層水には植物の成長に必要な窒素やリン、ケイ酸といった栄養分が多く含まれているのも特徴だ。さらに、細菌などの微生物、汚染物質の数値は表層水の100分の1程度と、清浄性にも優れている。
 久米島では海洋深層水を有償で民間企業などに提供。海洋深層水の特徴を生かしたまちづくりを進めている。
 「世界にも例がないユニークな試みということでこれまでに約180カ国から視察団がやってきた。おかげさまで『海洋深層水の島』というイメージが定着できました」。海洋深層水の活用事業を取りまとめる久米島町プロジェクト推進室の中村幸雄室長はこう胸を張る。

世界唯一の発電所

 海底から引き上げた海洋深層水は、まず海洋温度差発電所で活用される。温かい表層水と冷たい深層水との温度差を利用し、沸点の低い媒体を気化させ続けることでタービンが高速回転、電気を得る仕組みだ。久米島の海洋温度差発電所は出力100キロワット級。世界唯一の実証運転設備として今も電気を作り続けている。

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水深約600mの海底から引かれた取水パイプ(写真上)。深層水だけでなく深海魚が引き上げられることも。下の写真は世界で唯一稼動する海洋温度差発電所
 海洋温度差発電所は近く、1メガワット級の実用設備へと切り替えられる予定だ。中村室長は「久米島全体の電気消費量は6メガワット程度。将来的には島内の電気をすべて海洋温度差発電でまかない、エネルギーの完全自給自足を目指している」と語る。
 発電所を通った海洋深層水は様々な産業で利用されている。海ぶどうとクルマエビは久米島が全国トップシェアを誇る水産品だが、いずれも海洋深層水の活用なしには大量養殖を実現できなかった。
 「成長が遅いと出荷の時期がずれ込むし、早すぎても粒の間隔が広がってしまう。光を当てすぎても横枝が生え、きれいに粒がそろわない。そんな外的環境に左右されやすいデリケートな商品だからこそ海洋深層水が必要なのです」

 久米島の海ぶどう養殖所では年200tもの海ぶどうを出荷している。深層水と表層水とをブレンドし、水温を25℃前後に調整することで、一年中、安定して養殖できるようになった。

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全国一の出荷量を誇る久米島の海ぶどう養殖所。広大な敷地に数多くのいけすが並ぶ
 深層水の特徴である低温性は、活用範囲が広い。例えば、ほうれん草やトマトといった比較的冷涼な気候で育つ野菜の栽培。沖縄では露地で育てることが難しかったが、地中に張った送水管を通して冷たい深層水を流す方法を使い、栽培に成功した。この手法に注目した大手製薬メーカーが近く久米島での野菜栽培事業に乗り出すことが決まっている。
 化粧品メーカー、ポイントピュールは海洋深層水の清浄性を生かした純度の高い化粧品を生産している。同社企画担当の古見実也氏は「化粧品の9割は水でできている。その水にこだわった結果、海洋深層水にたどりついた」と話す。

「あたらない」カキを新名産に

 深層水の3つの特徴をすべて生かした商品開発に乗り出すのが、全国で33店舗のオイスターバーを運営するゼネラル・オイスター(東京都中央区)だ。同子会社のジーオー・ファームは生で食べても「食あたりしない」カキの大量生産を進めている。
 深層水の低温性はカキを育てる水槽の水温調整などに活用。カキの産卵から成貝に育てるまで一貫して深層水を使うことで、食あたりの原因となるウイルスに汚染されない環境を作り上げた。さらに深層水の富栄養性という特徴を生かし、カキの餌となる植物プランクトンの大量培養にも成功した。
 ジーオー・ファームの鷲足恭子社長は「あたらないカキの実現には海洋深層水が欠かせない。2020年に年数百万個を出荷できる体制を整え、カキを久米島の新しい名産にしたい」と意気込む。

久米島の海洋深層水で世界初の一貫した陸上養殖される安全な牡蠣 ←詳細はCLICK

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写真上はポイントピュールが生産する化粧品。写真下はジーオー・ファームが進める「あたらない」カキの養殖設備
 ジーオー・ファームが久米島にカキの養殖設備を置いたのは、海洋深層水だけが理由ではない。「久米島の立地も大きかった」(鷲足社長)という。

 中国や東南アジアの富裕層を中心に生ガキの人気は高まっている。沖縄・那覇空港近くにある国際物流基地を活用すれば、久米島から時間とコストをかけずに輸出することが可能になるからだ。

ゆるキャラだけでは埋没してしまう

 移住プログラム、オリジナル動画の作成、ふるさと納税、ゆるキャラ、B級グルメ…。東京一極集中を是正し、地方の活力を取り戻すことを目的に始まった安倍政権の地方創生政策だが、人やカネを集めるために企画される事業はどれも似たり寄ったりなのが現状だ。コンサルタント会社やPR・広告会社が地方自治体に対し積極的な営業をかけ、パッケージ化された同じようなメニューばかりを提示する弊害も指摘されている。
 久米島でも、いかに観光客を集めるかという点ばかりに腐心していた時期があった。だが、「きれいなエメラルドグリーンの海」だけでは、大型リゾートホテルが建ち、定期便数が多い石垣島や宮古島など他の離島には敵わない。そこで発想を転換、久米島でしか実現できないものを探し出した末に、海洋深層水に行き着いたという。
 「非東京」という打ち出しだけで満足してしまえば、特性は生まれない。結果として、地方創生は単なる掛け声だけで終わってしまうことになるだろう。現在、深層水取水設備の大規模増設を計画している久米島。計画に合わせて東京に本社を置く大企業の誘致案件もいくつか浮上しているといい、オンリーワン戦略が大きな実を結ぶことになりそうだ。

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久米島は海洋深層水に特化した産業振興でオンリーワンの存在を目指す

詳細は↓をCLICK
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参考
地図: 久米島
海洋深層水 Wikipedia

食と農

【小泉武夫・食百珍】和食はこんなに素晴らしい(1)~(3)

カテゴリー:食情報
投稿日:2016.11.23
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11月24日は「和食の日」。日本人の伝統的な食文化について見直し、和食文化の保護・継承の大切さについて考える日です。
そこで小泉センセイ(東京農大名誉 教授・当メディア総合監修)の特別寄稿「和食はこんなに素晴らしい」を11月23、24、25日と3日連続でお届け致します。
 
水の良さが和食の文化を築いた
平成25年12月、日本人が長く継承してきた民族の食である「和食」が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)により「和食・日本人の伝統的な食文化」として無形文化遺産に登録された。このことは、国の「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」委員として参画してきた筆者にとって、安堵したところである。以下では、主に私が委員として主張した和食のすばらしい事柄について述べ、世界に誇る天下無敵の食文化をあらためて認識することにする。 
わが国は昔から山紫水明の地といわれ、世界有数の水の良い国である。水を沸かしもせずに、そのままの生水(なまみず)が飲める国など世界広しといえども、そう多くはない。

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名水百選に選ばれている
尚仁沢湧水(栃木県)

 
日本の地下水がなぜ良質であるのか。それは、わが国は世界の年間平均降水量の1.8倍もあり、その豊富な雨水や雪どけ水は杉、松、櫟(くぬぎ)などの林の下に広がる豊かな土地に滲(し)み込んで、常時安定して湧水していることにある。そして、山の土と地下の岩石の状況は、うまい水をつくりだすのにちょうど良い舞台ともなっているためである。
水が良いから、日本の食の文化にはそれを生かした巧みさが全面に出ている。主食の米を炊くこと自体が水であり、副食の味噌汁も、そしてお茶も水。
いくらササニシキといっても、極上の味噌を使っても、とびっきりの玉露(ぎょくろ)にしても、水がダメならすべてがまずくなってしまう。このように、水は口に入るものの基礎であるから、水が良ければうまくなるのは当然なのである。蕎麦も豆腐もまた然りなのだ。
 
日本酒が美味しい理由
その最も良い例が日本料理と日本酒。特に、日本酒の場合、酒造りに適する水には鉄が0.05PPM以上含まれていただけで、もう使いものにはならない。何と1億分の5という極超微量の鉄の存在も許さないこの厳しさ。この存在量をわかりやすく説明すると、東京~大阪間の新幹線のレールの上にウズラの卵が1個のっているといった微量さである。
もし鉄がこれ以上あると、麴(こうじ)から由来した着色前駆体と反応して、たちまち赤褐色の色素をつくり、市場性を失わせてしまう。このような水は、世界中探してもそうあるものではなく、日本酒は水の良い日本だけにはぐくまれてきた民族の酒なのである。

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水を軟らかくするために汲みためた水を「枯(から)し水」、酒を薄める時使う水は「割(わ)り水」、仕込みの水を「種(たね)水(みず)」などと称する用語は、まさしく良い水を知りつくしてきた日本独特の表現の仕方である。
水の言葉といえば、辞書を引いて頭に水の字が付くものを拾ってみただけでも、「水かけ論」「水いらず」「水を差す」「水くさい」「水ごころ」「水商売」「水を向ける」「水明かり」など枚挙にいとまがない。このことからも日本人がその長い歴史の中でいかに水と密着して生きてきたかがよくわかる。
 
日本料理と鍋と釜の関係

また、食卓の上を見まわしてみると、味噌汁は言うまでもなく、煮物やおひたしに至るまで、ほとんどのものが水と深く関係していることがよくわかる。
日本の台所には、鍋や釜のように底が深い調理道具があり、それに蓋(ふた)をして煮炊きをしてきたのであるが、これは、水を逃がさない料理法を発達させてきたためである。中国やヨーロッパの料理が、率先してフライパンで水を飛ばすのとは正反対のやり方と言えよう。
主食となる米も例外ではない。研(と)ぐだけでもかなりの水が必要なうえに、さらに水を入れたまま釜に蓋をして炊きあげる。炊きあがったご飯には大量の水分が含まれていることはあのふっくらする飯の食感でもわかるであろう。まさに、日本食というのは水を食べているようなものなのである。
海流が交差する島国という位置、降雨量の多さ、中央に走る山脈、そしてすばらしい水、こういった気候風土が、日本食というものをつくりあげてきたのであり、気候風土と食の文化というものは互いが密接な関係を持っているのである。
もっとも、この関係は、日本国に限った話ではない。地球上には、雨がほとんど降らない地域に住む民族もあれば、一年の半分近くを零下何十度という気温のもとに住む民族もある。気候風土が変われば食生活が違うのは当然のことで、それぞれの民族には、必ずその気候風土に合った食の文化があるのだ。
その中で、日本のように地理的な条件に恵まれ、素晴らしい水にも恵まれ、そしてすばらしい食文化を創造した民族はほかにないといえるだろう。旬を愛で、気候風土の影響によって季節ごとに新鮮な素材を口にすることのできる日本人は誠に幸せであった。
 
名水の条件は甘い水
江戸時代の儒者、貝原益軒は『養生(ようじょう)訓(くん)』の中で、「水は人の天性を左右するものであるから自分の飲む水はよく選べ。それには甘い水を選ぶことである」と訓じている。飲む水によって、その人の性質まで変わるぞと、実に鋭い訓文を残している。その益軒ほどの人が「水は甘いものを選べ」というのであるから、これには深い意味を持つ。それは良い水には、口当たりが丸く、そして、甘く感じるものが多いからである。山の湧き水に似ているが、土臭さがなく、かといって、雨水のようにフニャフニャというものでもない水、それが名水の神秘なのである。そして世界の数多い民族の中で、水の感覚を「甘い」とか「丸い」とか、賞味する民族は、おそらくわが日本人だけではなかろうか。
稲は水田で水にはぐくまれて米となり、それが良い水で炊かれて飯(めし)になる。日本料理が生まれ、茶道ができ、日本酒、味噌、醤油がつくられ、鮎が清流に泳ぎ、沢には山葵(わさび)が育つ。これが水の国日本なのである。
小泉武夫
(続く)

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丸ごと 小泉武夫 食マガジン

食を通じ心を養う

ところで、日本には、食の場に一定の作法をとり入れて食味を味わうと同時に、精神の修養や交際礼法を極める修道が、他国にはまったく例をみない文化のひとつとして伝わっている。その代表が茶道。室町時代の田村珠光を祖として、武野紹鷗(たけのじょうおう)を経て、千利休に至ってこれを大成した。茶の湯によって精神を修養し、これを他人と行って礼法を極める道。
禅の精神をとり入れ、簡素静寂を本体とする侘茶である。そして、その心は、客を招いて、茶をたてる前に、茶人自らが心を込めて料理をつくり、客に出す懐石料理をも生んだ。さらに供応形式料理の本膳、宴会料理の会席も一定の流儀や形式によって、配膳に心を配る。
これらの日本の伝統的な膳料理には、多くの面で心にくいばかりの気配りがある。例えば盛り付けひとつみても、食器は美しくそして使いやすいうえに、料理との調和の美を備えたもので統一したり、盛り付けの趣向は、器の中に自然を演出して、季節感を大切にする。また、空間を重んずるため大きめの器を選んで、余白を残すように盛り付けるなど、一種哲学的ともいえる要素をも込めた内容が随所にみられる。

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和食の基本「一汁三菜」
 
また、日本には外国にあまり類例のみられない「旬(しゅん)」という食の文化がある。魚介、蔬菜(そさい)、果物などが最も美味で、漁獲高、収穫量とも盛りに当たる時期を旬という。春夏秋冬と、四季が明確に分けられている日本では、一年中、動植物が交互に活動の場を持つから、旬のものは一年中にわたって分布する。四季のはっきりした島国とはいえ、肥えた土と良い水の国とはいえ、はたまた暖流と寒流の交差する国とはいえ、日本ほど季節によってうまいものが移り変わる国はたいそう珍しい。このことは、わが国の食の文化の特徴を語るのに、大切な事例のひとつともなっている。
旬という言葉の意味を、正確にいい表す英語やフランス語もないようで、その点、日本人は食べもののうまさや食べごろを季節ごとに分けて整理し、それを旬というただの一語でずばりといい表す、知恵と粋(いき)さを持っている。魚を例にとると、一年中いつでも美味な魚もいくつかあるが、大半はその味が多かれ少なかれ、季節によって変化する。その最もうまい時が旬となるが、旬の魚がうまいのは、産卵期前、体にタンパク質や脂肪などの栄養成分を豊富に蓄えた場合や、産卵期でなくとも、海流の関係で親潮(寒流)にのって、脂肪のついた魚が大量に下ってくる場合などが、旬のうまさにつながるのである。
また、川魚の鮎(あゆ)は、夏、水中の石に付着する珪藻(けいそう)が豊富に育ち、それを餌にしてどんどん成長し、西瓜(すいか)のような爽涼(そうりょう)な香気を帯び、姿態もいかにも均整のとれた時を旬とした。また十月、産卵前の落ち鮎は脂肪がのって絶品だとしてこれまた旬に選ぶ。
いずれにせよ、魚介も蔬菜も最も多く収穫される時を旬とみれば、大方間違いない。というのは、多くとれるから値が安く、新鮮なものを入手できるわけで、美味なのは当たり前なのである。
 
「うま味」を世界に教えた出汁(だし)文化

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和風出汁の主な材料
 
ダシ(出汁)は日本料理の妙味のひとつである。このダシという語がいつごろから登場したのかは明確ではないが、文献では鎌倉時代以後とされている。しかし、ダシが実際に使われたのはさらに古く、鰹(かつお)を煮て鰹魚(かたうお)という素干し品をつくる際の煮汁を煮つめて、これを鰹魚煎汁(かつおいろり)としたものをダシに使っていた。
今日では、鰹節や煮干し、するめのような動物性のものから、昆布、干し椎茸、乾瓢(かんぴょう)などの植物性まで、ダシの材料は多種にわたっている。
日本のダシの材料の中で、最も代表的なものは鰹節である。これでダシをとると、うま味成分だけでなく、日本食文化の原点に潜んでいるような芳香までわきでてくるところが大変良い。この点、外国の料理におけるダシのとり方が、肉やガラからうま味成分だけを抽出するのとは大違いである。
この鰹節のうま味の主成分はイノシン酸シスチジン塩で、この成分は熱湯には実によく溶ける。だから、削った鰹節を煮立った湯に入れてすぐに火を止めるか、または煮立つ直前の湯に入れて、煮立ったらすぐに取り出す必要がある。
この方法で、鰹節のうま味の九割以上は出ているから安心してよい。もし、必要以上に加熱を続けると、アク味や苦味、渋味などの不快な味が出てくるうえに、大切な芳香はどんどん発散して空中へと逃げ去ってしまう。
また、少しの鰹節では安心できぬと、たくさん入れる人もいるが、これもその心配には及ばない。むしろ、少なめの方がうま味がよく溶けだすのであって、量が多すぎると、苦味を生んでアク味が出るうえ、不必要な魚臭を放つから不利である。湯の量の1~4%がせいぜいであろう。
このように、目的のうま味成分と香りが出れば、それでもう終わりであるという日本のダシのとり方に対し、西欧料理では鶏ガラダシを例にみても、骨の髄(ずい)まで長い時間かけて煮出すのを特徴とする。何か月も手間ひまかけてつくった鰹節を、わずか数分間という短時間でその役割を終わらせてしまう、この贅沢なダシのとり方は、何となく粋な感じがあり、そこに日本料理の神髄のようなものをかいまみることができる。昆布も鰹節とともに古くから使われてきたダシの材料で、そのうま味の本体はグルタミン酸である。この成分も湯によく溶けるから、そのダシの引き方は、鍋の大きさに合わせて適宜に切った昆布を、水から入れるか、湯の煮立つ間ぎわに入れ、1分間も煮立てたらすぐに引き上げてダシ汁とする。1時間ほど、ただ水に浸しておくだけでも味は十分出るから、この方法を良しとする人も多い。
ところで、鰹節のイノシン酸と昆布のグルタミン酸とは、不思議なほど互いに相乗しあって味を高める効果をつくりだす。グルタミン酸の味の強さ一に対し、イノシン酸の味の強さ一を混合すると、その味の強さは2であるはずだが、正しくは7.5となる。
干し椎茸も昔からダシの好材料として君臨してきたが、このうま味の主成分はイノシン酸に大変よく似たグアニル酸。この酸とグルタミン酸との相乗効果はさらに高まり、この両者では1+1=30という驚くべき味の伸び方をする。
古い昔、これらの化学成分など知るすべもなかった日本人が、経験的に味の相乗性を知り、ダシの材料をうまく組み合わせて効果的にダシを得ていた知恵に驚かされる。

(続く)
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丸ごと 小泉武夫 食マガジン

和食は発酵食品の宝庫
目にも見ることの出来ない微細な生きものである微生物の働きを応用して、人類は「発酵」という一大文化を創造してきた。それが出来た背景には、微細な生きものの性質を知り抜いた知恵の集積があったからにほかならない。先人たちのたゆみない観察力と豊かな発想から生まれた、この知恵の巧みさときたら、現代人の想像を遥かに超えるものがある。

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150年使い続けている
桝塚味噌(愛知県)の木桶

 
「発酵」を利用した食文化は人類の創造した知恵と世界中から見られているが、とりわけわが国は昔からその発想に勝れ、世界一の発酵王国を築き上げてきた。発酵することにより、冷蔵庫などのなかった時代でも、食べものは保存でき、その上、特有の匂いは食欲を増進させ、さらに出来上がった発酵食品にたっぷりの滋養成分を蓄積させることができる。発酵はまさに奇跡的な食文化のひとつで、食の世界遺産の中でも中心に位置する事象である。
日本は世界一の発酵王国で、発酵食品なしに和食は成り立たない。
食卓でお馴染みの納豆、糀(麴)、味噌、醤油、米酢、鰹節をはじめ発酵茶、発酵豆腐、葛(くず)、日本酒や焼酎、味醂、甘酒もそうですし、日本に800種類もあるといわれる漬物の多くも発酵食品で、ほかに、魚介類の発酵食品として、魚醤、塩辛、くさや、飯鮓(いいずし)(鮒鮓(ふなずし)、鮭飯鮓、鯖熟鮓(さばなれずし)、秋刀魚(さんま)熟鮓など)などもある。
日本はどうしてこれほどすごい発酵王国になったのかというと、それには大きく三つの理由が考えられる。
 
発酵王国三つの条件
一つは気候風土の影響で、高温多湿で亜熱帯の国なので、そのような環境に適した発酵に関与する微生物がたくさん存在することである。その発酵微生物たちが、和食をつくり、日本人の体と心をつくってきたといっても過言でない。

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桝塚味噌の蔵
 
二つめは、日本は雨が多い一方で、日照りも多いため、発酵食品の原料となる農作物の生育にも適していて、米をはじめ、大豆、野菜、果物など、ありとあらゆるものが国内で生産できる。また、日本は四方を海に囲まれた島国なので海の魚介類を中心とした海産物も豊富で、その上、山から流れてくる川や、その途中の湖沼にはアユ、フナ、コイといった川魚も生息し、それらも発酵されることになるのである。
当初はこれらの食品を長く保存する目的で、発酵を施すことを重宝していた。それが時代を経るにつれ、発酵食品の味わい自体をたのしむようになり、現在では長寿食としても注目されている。
三つめは、海からとれる豊富な塩である。これも日本が発酵王国となった重要な要素で、日本では、縄文時代から塩田をつくって、海の塩を食に利用していたことが知られていて、発酵のプロセスで欠かせない塩が、容易に入手できたおかげで、さまざまな発酵食品が生み出されていったのである。そして今では、発酵食品には体にとってとても良い滋養成分が含まれ、また免疫力も示唆されるなど、保健的機能性を秘めた食べものとして注目されているのである。
以上、和食の世界遺産登録について、委員の一人である筆者が発言した部分を解説した。会議ではほかに、「[和食のヘルシーさ]、[和菓子]、[茶]、[日本酒]、[箸文化]、[うま味の発見]、[日本ならではの調理]、[食材の豊かさ]、[握り寿司]、[蕎麦とうどん]、[食器]、[一汁三菜と和食の型]、[米食文化]、[餅]、[包丁]、[ハレの日の食]、[出汁]、[味噌文化]など」、とにかく日本型食文化のあらゆるものが世界遺産になりえるものであることをまとめたのである。
このように和食は世界遺産に登録されたので、今後は更にこれを日本国内のみならず世界にも発信していくことが肝要になってくる。和食を大切にすることが日本の将来を語ることにつながるのは自明の理であるといってもよい。
小泉武夫

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✪衝撃ニュース

「世界最強の猛毒ガニ」イセエビ漁に引っかかる…「絶対食べないで」和歌山・すさみ町立水族館

ウモレオウギガニ
ウモレオウギガニ

 和歌山県すさみ町の町立エビとカニの水族館は、同町の沖合約300メートルで南方系の猛毒のカニ「ウモレオウギガニ」がイセエビ漁の網にかかり、同館スタッフが捕獲した。人が食べると死亡するという猛毒があり、「世界最強の猛毒ガニ」ともいわれ、同館では「絶対に食べないで」と注意を呼び掛けている。
 ウモレオウギガニは国内では鹿児島から沖縄にかけてのサンゴ礁の海に生息する南方系のカニ。大きいもので甲幅は約9センチあり、全体が茶褐色をしている。見つかったカニは、甲幅約4センチと小さい。
 筋肉中に麻(ま)痺(ひ)性貝毒の一種「サキシトキシン」やフグ毒で知られる「テトロドトキシン」があり、甲羅からしみ出してくるという。毒は人体に入ると0・5ミリグラムの摂取で死に至るほどといわれている。
 県内ではめったに見ることはなく、同館では平成23年以来5年ぶりの捕獲というが、今後もイセエビ漁などの網にかかることも予想されることから、同館は「見つけても絶対食べないで、すぐに水族館に連絡して」と話している。
2016.11.10 17:56
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食と農

江戸時代の知られざるスゴイ知恵「長寿十訓」から学ぶ日本人のための健康法とは。貝塚益軒の養生訓は現代人にも応用できる!

2016/11/8 くらし, よみもの, 予防医学 投稿者: 宮本知明

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長生きの秘訣について書かれた長寿十訓をご存知ですか。
江戸時代に平均寿命約50歳の時代に、84歳で健康そのもので虫歯も抜けた歯もなく老衰で亡くなった本草学者・儒学者の貝原益軒がおりました。

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出典:TBS


貝原益軒は、生涯数百余冊の書籍を書き上げ、日本の医学・薬学を支えるような書籍を多数執筆しました。
そんな彼も、子供時代には病気がちで長生きは出来ないと言われていました。

そのため、外で遊ぶことができない代わりに「どうすれば、病気知らずの体になれるのか」を
その当時の医学書・薬学書などを読みふけり、養生に励んだ結果、体が丈夫になり長生きすることができました。

今回は、貝原益軒が生涯最後に執筆した「養生訓」に記されている内容について
「長寿十訓」を用いて、江戸時代の養生法から現代に活かせる情報をご紹介します。


少肉多菜
穀物菜食が基本。
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日本人は、胃腸がそこまで強くないことから、たくさん食べてしまうと消化不良になると記されています。
この当時の肉類・卵黄類は、病で気が不足しているときに食べると良い「食薬」のような位置づけでした。
日本人は、穀物菜食をいただく食生活が人種として合っていることを伝えています。

肉料理は、1日1種類を少しだけ食べること、多く食べてはいけないとも書かれています
私たちの今の食事は、欧米よりの食事がほとんどになってしまっています。

コンビニ弁当を見ても肉食がずらりと並んでいます。
ファーストフード店も肉類や油物が多くなっています。

例え自炊をしていたとしても、おかずで肉料理を出さない家庭は少ないと思います。
私たち日本人が、そもそも肉食をあまり常食としていなかった歴史があるため、胃腸が弱い人種であることを知りましょう。

また、私たちの多くの死因となっているがんでも、特に消化器系の胃がん、食道がん、大腸がんになることが多い傾向になります。
これも、人種による胃腸の違いが反映されているのかもしれません。


少塩多酢
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こちらも濃い味付けのものが増えてきたことで、現代では塩分過多になっています。
その結果、高血圧になり、心臓血管疾患・脳血管疾患で亡くなる方も多く増えています。

減塩というよりも適塩を進めていき、毎日の自宅での食事は健康状態に関係なくあっさりしたものを心がけるようにしましょう。
ファーストフード店の外食による食事を減らす、間食に塩気の多いスナック菓子を口にしないようにする方が大切です。

また、酢の効果は、現代でも注目されております。
酢の種類によっても効能効果に差があります。

酢がどんなに良くても、とりすぎは胃腸に負担をかけると貝原益軒も伝えております。
調味料として、水などで薄めたりして少しずつ取り入れていきましょう。

少糖多果

体を冷やす果物は熱を加えて。

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お菓子を食べ過ぎることは、胃腸を弱くするのでよくないと記されています。
また、体を冷やすような果物に関しては、蒸したり・煮たりするような形で熱を加える方法でいただくと良いと記されています。

この当時も、甘いものを多くいただくことがよくないと認識がされていたようです。
     
少食多噛

「禍は口より出て、病は口より入る」
貝原益軒は、飲食については、2巻に分けて記すぐらい重要に考えております。


・飲食をしない日はないからこそ、常に欲求まかせのまま食べてはいけない。

・飲食は、空腹感を満たし、喉の渇きを潤すためにある。

・「飲食の欲」を抑制できない人は、義理を忘れるような意志薄弱なところがある。

・腹八分目か九分目でやめる。満腹までいくと「のちの禍」のもとになる。

・五味をバランスよく取り、同じようなものを続けざまに食べない。

・十分に食べたと思った時には食べすぎ。


また、食事の構成についても

・飲食のうち「ご飯」は、たっぷり食べないと、空腹感が満たされない。
・「吸い物」は、ご飯に味を付け加えるためのものだ。
・「肉」はいっぱい食べなくても、それで事足りる。
・「野菜」は、穀物、肉では足りない滋養を補い、消化しやすくする。


ご飯をたくさんいただき、おかずやお吸い物はあくまでもご飯の引き立て役、
またはご飯で得られない栄養を補うもので、ご飯の量以上に食べてはいけないと記されています。

私たちの食卓は、ご飯よりもおかずが多い家庭が一般的かもしれません。
この時代からすでに、この食生活が病気を起こす引き金になているというのを伝えています。

また「食事中は理屈っぽい話をしない」「床に就いたら無駄口を叩かない」とも書かれています。
これは、しっかりと食の恵みに感謝して味わうことを伝えています。

よく噛んで食べることの大切さにもつながることです。

少煩多眠

波風立てず気を和ませる
23時から0時の間に眠る


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悩みを少なくし、心穏やかに言葉少なくすることで、波風立てず、気を和ませて静かに過ごすことができると記されています。
睡眠についても、11時から0時までの間で寝るのがよく、朝日が出る早朝に目覚めることが良いとされています。

それ以降の深夜になると精神が高ぶって休まらないとされています。
現代でも伝わる「早寝早起き」がここにありました。

少怒多笑

怒らずに前向きに生きる。

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他人に足りない部分を怒ったり、咎め立てるようなことは心の病気になります。
毎日、適度に楽しむように生活をすることは、心を楽しくして元気にしてくれます。

現代でも、笑う、楽しく、前向きに生きることの体と心の影響を反映しているかのようです。

少言多行

無用なことを口にしない
「口は災いの元」と言われるように.

この時代から言葉遣いに注意して無用なことを口にしないことは、自分のエネルギーを無駄に使わなくなります。

口にすることによる疲労感が養生するときに良くないことを伝えています。
口数を減らし養生するときに、しっかりと自分を律することを大切にするように書かれています。
 
少欲多施

昔の人は養生をするうえで「三欲を忍ぶ」と言ったそうです。
「飲食欲」「色欲」「睡眠欲」の3つです。

現代で言うと「食欲」「性欲」「睡眠欲」になります。

飲食は腹八分目、特に若いうちは性欲を慎む、睡眠時間は夜が更けて寝るのは良いがそれ以上に明るい時間に寝たり、寝たりないと言って2度寝をすることは、くせいになって逆に体が悪くなって病気になると書かれています。

少衣多陽

厚着をしすぎない

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厚着をして温かいところにいたり、熱い湯に浸かったり、熱いものを食べて体を温めすぎると、体が冷えることが記されています。
それよりも陽の光を浴びて、そこからの温かみを得ることをしてみましょう。
   
少車多歩

適度にあるく

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体にきつくない程度の運動をすると良いことや、食後は300歩歩くと良いと記されています。
この時代の養生に、運動をすることの効果がすでに記されていたのです。

まとめ

江戸時代の恐るべし健康法は現代人にもじゅうぶん応用できる内容だった

現代でも頻繁に言われている内容が、江戸時代からすでに言われていたことには驚きがありました。
欲望のままの生活をすることは自殺行為に等しいと記されております。
健康で長生きすることは、どれだけ自分の中の欲望に対して律することができるのかにかかっています。

また、この「養生訓」の巻第七が薬の話が書かれています。
「どんな薬も、気を偏らせるので、決して乱用してはならない」あまり理解をしていない状態で薬を服用することは逆に毒になると記しています。

今回ご紹介した長寿十訓を自分なりに振り返ってみて、生活に取り入れられるといいですね。

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IN YOU
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参考: 貝原益軒Wikipediaは←を1277696708675_201404280248085a0.gif
益軒は、先祖が岡山の吉備津神社の宮司だったようで、福岡藩家臣として黒田家の家系を辿った「黒田家譜」の編纂に携わった際に、当地備前福岡にも足を運んで官兵衛の先祖の足跡を辿ったようだ。

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養生訓Wikipedia

発酵・醸造食品

見直そう!みそ汁の効用

塩分過多は「冤罪」

具だくさんの豚汁【時事通信社】
具だくさんの豚汁【時事通信社】

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産への登録が決まったことで「和食」への評価が高まる中、定番中の定番である「みそ汁」に改めて注目が集まっている。
 和食の弱点は塩分が多めになりがちなこと。中でもみそ汁はこれまで塩分過多の「主犯」という扱いを受けてきた。しかし、最新の研究データによれば、みそ汁の塩分は和食の献立の中で取り立てて多いわけではなく、塩分過多については「冤罪」である可能性が高まってきた。さらに、みそ汁にはビタミン、ミネラルなどが豊富に含まれ、その効果で健康にプラスの影響があるとの研究結果も出ている。どうやら、わたしたちにとって最も身近な和食であるみそ汁を見直す必要がありそうだ。


代表的なみそ。左上から時計回りに加賀みそ、関西みそ、北海道みそ、信州みそ【時事通信社】
代表的なみそ。左上から時計回りに加賀みそ、関西みそ、北海道みそ、信州みそ【時事通信社

 日本のみその起源については、古代中国の発酵食品である「醤(しょう=ひしお)」が朝鮮半島から伝わったというのが通説。ただ、現代のみそのルーツは、縄文時代から食べられていた日本独自の発酵食品だとの意見もある。文献に登場するのは飛鳥時代末で、701年に制定された大宝律令で「主醤(ひしおのつかさ)」という役職が扱う調味料の一つに定められた「未醤」が、みその前身だと考えられている。
 鎌倉時代の武士が食事の基本とした「一汁一菜」の一汁は、みそ汁であったとされる。簡素な献立の中に栄養バランスに優れたみそ汁を入れることで、鎌倉武士の質実剛健な生活が実現できたのだろう。江戸時代になると、庶民の食生活でもみそ汁は一般的な献立になった。江戸前期の元禄年間に著された「本朝食鑑」では、みそは健康に役立つ万能食品であると評価されし、庶民にも「みそ汁を飲めば医者要らず」という認識が定着していたとされる。


「好き」だけど飲まない


タイのあら汁【時事通信社】
タイのあら汁【時事通信社】

 みそ汁の復権に熱心なのは、当然のことながらみそのメーカーだ。ただ、日本のみその多くは、小規模なみそ蔵で作られて地元で消費されている。全国に流通する商品を作っているメーカーは数えるほどしかなく、個別の商品を通じてみそのイメージを変えられる機会はほとんどなかった。そこで、全国958のみそメーカーで構成する全国味噌工業協同組合連合会は、1992年に「みそ健康づくり委員会」を結成、みそ汁の復権に向けたキャンペーンを進めている。
 同委員会が2013年秋、20~69歳の男女1040人を対象に実施したアンケート調査によると、「みそ汁が好き」との回答は全体の93.7%を占めた。ところが、実際にみそ汁を飲んでいる量は、1日当たり男性で0.8杯、女性は0.7杯と、1日1杯にも満たなかった。しかも、和食離れが進んでいると思われる若い世代よりも、50代、60代の消費量が少ないという驚きの結果が出ている。


しじみ汁【時事通信社】
しじみ汁【時事通信社】

 中高年の消費量が少ないのは、生活習慣病につながる塩分の取り過ぎを気にしているからのようだ。同じアンケートで、みそ汁のイメージを聞いたところ、「塩分が高いと思う」が75.1%に達し、「そう思わない」を大きく上回った。ただし、「塩分が高い」とした回答率に、年代別の差はほとんどなかった。若い世代がさほど気にしない塩分が、生活習慣病を意識する中高年には高いハードルとなり、それがみそ汁離れを引き起こしている可能性が高い。
 しかし、現実の塩分量は、みそ汁おわん1杯(約150グラム)に1.2グラム程度しかない。1食当たりで比較しても、カレーライスの2.7グラム、ピザトーストの3.1グラム、カップラーメンの4.8グラムより格段に少ない。もちろん、みそ汁だけで和食の献立は成立しないので、他のメニューとのバランスの問題にもなるが、少なくともみそ汁を塩分過多の原因と決め付けるのは間違った考え方と言っていいだろう。

冤罪晴らす研究成果


食塩水とみそによる塩分摂取の違い【時事通信社】
食塩水とみそによる塩分摂取の違い【時事通信社】

 日本人が塩分を取り過ぎているという考えは、1950年代に日本人の食生活を研究した米国のルイス・ダールによって提起されたのが最初だとされている。塩分過多が高血圧をはじめとした生活習慣病の原因になることは間違いないにしても、それがどうして「みそ汁犯人説」につながったかは明らかでない。みそ汁は日本のどこにでも存在した和食メニューだったため、その普遍性が塩分過多の「犯人」というイメージを呼び起こしたのかもしれない。
 一方、最近はみそ汁の冤罪を晴らす研究の成果も出ている。共立女子大学家政学部の上原誉志夫教授は、食塩感受性体質(食塩を多く摂取すると血圧が上昇する)のラットを4グループに分け、それぞれ食塩を含まない水道水、0.9%の食塩水、1.3%の食塩水、10%の濃度のみそ汁(塩分量は1.3%の食塩水と同じ)を与える実験を行った。
 その結果、1.3%の食塩水を摂取していたグループに比べ、10%のみそ汁を与えたグループの方が血圧の上昇が少ないことが分かった。血圧の上昇度合いから算定すると、みそ汁に含まれた塩分を摂取しても、同量の食塩を取った場合に比べ、血圧への影響は30%低いことも判明した。つまり、みそ汁によって、30%の減塩効果が得られたとも言える。
 また、上原教授は人間ドックの受診者のみそ汁摂取量を調査して、血圧との関連性を調べてみた。すると、みそ汁を1日1杯飲む程度であれば、身体の代謝には何ら影響がなく、動脈硬化の程度を示すCAVI値は、むしろ低下する傾向が見られたという。今のところ、みそ汁に含まれるどんな成分に動脈硬化を遅らせる効果があるのかは不明だが、みそが生活習慣病の原因になっているのではなく、むしろ健康効果があることが示唆されたのだ。

胃がん抑制の効果も


みそと食塩水の血圧への影響の比較【時事通信社】
みそと食塩水の血圧への影響の比較【時事通信社】

 広島大学の渡邊敦光名誉教授は、食塩摂取との関係が強い胃がんの発生率を、みそとの関係から調査した。
 胃がんを誘発させたラットを五つのグループに分け、10%と5%のみそを含む餌と、みそと同じ濃度の2.2%と1.1%の食塩を含む餌、さらにみそ、食塩どちらも含まない餌を与えた。すると、2.2%の食塩が含まれる餌を食べたグループの胃がん発生率が68%だったのに対し、塩分量が同じ10%のみそを摂取したグループの発生率は45%に抑えられた。
 また、がんの大きさも2.2%の食塩を取ったグループより10%のみそを摂取したグループは半分以下で、みそが胃がんの発生率を抑えるだけでなく、進行も遅らせるとのエビデンスが得られた。胃がんのリスクが食塩の摂取量と相関関係にあることは疫学的にも明らかにされている。塩分は人体に不可欠の成分であることを考えると、日々みそを摂取することで相対的に胃がんのリスクを低下させることになる。
 また、発がん性の調査とともに血圧の変化も調べたが、同じ塩分量でもみそから摂取した方が血圧への影響は少ないことも判明した。体内でのみその働きについては未解明な部分も多いが、渡邊名誉教授はみそが熟成する過程で塩分が他の物質と結合し、普通の食塩とは異なる物質に変わっているのではないかと指摘している。
 このほかにも、夏にみそ汁を毎日飲んでいると、熱中症にかかりにくいという疫学的データがある。熱中症予防には水分のほか、ナトリウムなどのミネラルを十分に取ることが必要だが、行き過ぎた減塩が熱中症を誘発している可能性も否定できない。みそ汁という身近な献立で熱中症を予防できることは、特にお年寄りとっては朗報だ。
 みそ汁には、みそだけでなく具も必須だが、この具を多くすればするほど、汁が少なくなる分だけ塩分も減る。また、カリウム分の多い緑黄色野菜やいも類、海藻類などを具に利用すると塩分の排出効果が高まり、みそ以外で摂取した塩分への対策にもなる。和食中心の生活でみそ汁が果たす役割は多岐にわたり、健康な食生活のためには欠かせないアイテムだ。

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時事通信
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 永らく誤解を受けたまま長期低迷の需要に鬱々としていたみそ業界であるが、近年の研究で「冤罪」であったことが証明されようとしている。
記事にもある通り、若者層よりもむしろ中高年層が生活習慣病への警戒感からみそ汁の摂取を控えているようで、1950年代以来60余年にわたる<冤罪>がいかに根深いかを思い知らされる。
我が国の誇る発酵食品が注目されつつあるこの時期に、国を挙げて「みそ汁」の復権をお願いしたいものである。