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発酵・醸造食品

究極のオーガニック日本酒を生んだ地方酒蔵の挑戦

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樋口直哉 [小説家・料理人]
【第33回】 2015年8月5日 バックナンバー一覧



『和の月』(なの月)。ラベルには有機で育てた米の稲わらがすき込んである。題字も含めて物語がある
『和の月』(なの月)。ラベルには有機で育てた米の稲わらがすき込んである。題字も含めて物語がある

 日本酒。ワインやビールなど数ある酒のなかでも国名が冠された酒は世界にも類がない。この国の食文化の豊かさを支える重要な柱である。

 ところがデータのうえでは国内の日本酒(清酒)の消費量は右肩下がり。例えば昭和50年に167万5000klあった消費量は、平成25年には58万1000klまで減少した。実に約66%減という大きな減少幅だ。昭和45年に3533軒あった蔵元の数も平成25年には1652軒にまで減った。

 減少には様々な理由が考えられる。ビール、ウイスキー、ワインなどとの競争や生活様式の変化などもあるが、戦後のコメ不足から生まれた三増酒のイメージから脱却することができなかったことなどだ。

 そんな日本酒の世界は今、新しい時代を迎えている。僕自身もおいしいと思う日本酒に出合う機会が増えたし、周囲にも「日本酒好き」を公言する人が増えた。「クールジャパン」の一つとして海外からの注目もあり、アメリカやニューヨーク、パリなどでも日本酒バーが人気を集めている。個性のある蔵元が多様な日本酒を世に送り出しているからだ。今回、訪れた茨城県大洗にある『月の井酒造店』もそんな蔵元の一つ。

原料米から製法まで
全てがオーガニックな日本酒


 潮の香りのする街、大洗。『月の井酒造店』はその大洗にある唯一の酒蔵で、オーガニック日本酒でも有名だ。

 八代目を継がれたばかりの坂本直彦さんにお話を伺った。

月の井酒造店の八代目で専務取締役の坂本直彦さん。夢は近隣の農家と農閑期にはその米で酒造りをすること。「自分のつくった米が酒になるって面白いと思うんです」
月の井酒造店の八代目で専務取締役の坂本直彦さん。夢は近隣の農家と農閑期にはその米で酒造りをすること。「自分のつくった米が酒になるって面白いと思うんです」

「オーガニック日本酒はここ十年の商品で、母が自分たちは食べ物には気をつけているのに、なんで売っている商品がオーガニックじゃないんだろう、というきっかけではじめたものです」

 オーガニック日本酒、誕生の物語については七代目坂本敬子さんによる手記『さいごの約束 夫に捧げた有機の酒「和の月』(文藝春秋刊)があり、この話はドラマ化もされた。

「まずお米の確保をしなくちゃいけない。酒造好適米(タンパク質の少ない酒造りに向いている品種)を探すことからはじまりました。有機JAS認証を受けるためには三年間、無農薬の田でないといけない。すると限られてきますよね。私たちの場合はたまたま茨城県内の農家さんとの出会いがあって、有機の美山錦にたどりつきました」

──有機の日本酒というと作り方も異なるんですか?

「はい。細かいところで違いますね。これは蔵が旧い故に可能だったのですが、例えば酒蔵の壁も合板のような有害な化学物質を含んだものは使っていません。また掃除も違います。薬品を使えば簡単なのですが、すべて熱湯消毒です。手作業で雑巾を使い、壁はもちろん道具一つ一つまで洗っていきます。でも、有機JASっていうマークがついた日本酒は販売できないんです」

原料米のサンプル。精米するとそれだけ米が小さくなることがわかる
原料米のサンプル。精米するとそれだけ米が小さくなることがわかる

──え? そうなんですか。


「有機JASというのは農水省が発行しているマークで、お酒づくりは国税庁の管轄なので。その代わりにラベルを見ると清酒(有機農産物加工種類)という表示がされています。ただ、この表現は私達にとっては歯がゆいものです。有機JASのようなわかりやすいマークがつけば消費者の方にも伝わりやすいとは思うんですが」

 例えばフランスでは有機=ビオであることを示すABラベルがあり(他にもいくつかの種別があるが)、農産物や農産加工品、そしてワインなどを選ぶ際の消費者の目安になっている。管轄官庁の違いによる状況もちょっと変だが、なにより酒販店で多くの地酒が並ぶなかで見ただけで違いがわからないのは不便だ。

「他との違いを見ただけでわかれば一番いいんですけど、自分たちがやっている酒造りは結局、口頭でしか説明ができないと思っています。酵母の選定をはじめ、打栓から出荷にいたるまでうちでは有機と名のれる酒造りを心がけていますから」

 農家による米作りから酒造りまで、すべてに関わっているからこそ語れることがある。酒店に並んでいると無口で地味にも見える「和の月」だが、味はもちろんいい。美山錦は淡い味わいになりがちと聞いたことがあるが、しっかり米の味を感じる旨い酒だった。当たり前のようだが、味わってみなければわからない。


日本酒ブームだからこそ
もっと蔵元に個性が必要


──今の日本酒ブームはどのように思われますか?

酒粕アイス。ドナテロウズとのコラボ商品で非常に美味。お酒を飲まない人が増えるなか、酒蔵との接点になる商品展開は重要だ
酒粕アイス。ドナテロウズとのコラボ商品で非常に美味。お酒を飲まない人が増えるなか、酒蔵との接点になる商品展開は重要だ

「最近はお客様の知識が豊富で、酒屋さんにほぼ近い知識、またはそれ以上のマニアの方とお会いすることが多くなりました。酒屋さんよりも日本酒に詳しいというケースが増えているような気もします。また、よく言われることですがブームとは言っても、お酒を飲む方は減ってしまっている。日本酒離れじゃなくて、はじめから日本酒自体を知らないという人が多い。大学時代、安酒で……という失敗をしたりして日本酒が嫌いになるとか。私自身も失敗はしてますが(笑)日本酒好きな人を増やすために情報発信という部分も含めて、我々ももう少し努力できるのかなと思います」

 ちなみに日本酒が重く、翌日に残るとされる理由はワインやビールなどよりも度数が高いわりに飲みやすいので、知らないうちに多くのアルコールを摂取してしまうためだ。おいしい日本酒自体に罪はなく、飲み過ぎる事が悪いのである。 

 ひと通り、蔵を見学させてもらった。完備されている冷蔵設備はいかにも今の酒蔵だ。僕自身は知らないのだが、詳しい人に聞くと三十年ほど前から意識の高い蔵元に導入されはじめたそうだ。温度管理が徹底されたのも、日本酒が美味しくなった理由の一つだろう。流通も整備されて、飲食店の意識も変わった。

「日本酒が美味しくなったのは純米の比率が増えたこともあると思います。純米はやっぱりお米の味がするじゃないですか」

──今後の蔵元に必要なことはなんだと思いますか?

「自分たちの個性を出し、それを発信していくことだと思います。どんなに同じ材料、同じ手法で酒造りをしても、環境や水の違いもあり蔵によって出来上がるお酒って違うと思うんです。自分たちにとっては「地元(大洗)で酒造りをしている」ということは誰にも真似できないことです。蔵がある場所柄とか地域性をもっと掘り下げて、背景や想いをお酒に落とし込めると、もっと特色が出るんじゃないかな、と思うんです」

 海外産の米を使い、海外でつくった日本酒が需要を伸ばしている時代だ。ローカリズムは逆に武器になりうる。

──地域の良さと組み合わせていくということですね。

「それが地酒なんだと思うんです。このところ人気の地酒は都内で飲めるけど逆に地元では飲めないというのも結構あるじゃないですか。もちろん都内で沢山の方に飲んでもらい広く認知してもらうのも大切なことですが、飲んだ方が『この酒、どこでつくられているんだろう』と興味をもち、実際に足を運んでもらうのが地酒の良さなんだと思います」

味わえば舌も心も満足
多様な物語が日本酒文化の豊かさに


左端はオーガニック日本酒に有機の梅を漬け込んだ梅酒。なんと無加糖。酸味が強いがきれいな味で驚いた。右端がこれから商品化するという『彦一』
左端はオーガニック日本酒に有機の梅を漬け込んだ梅酒。なんと無加糖。酸味が強いがきれいな味で驚いた。右端がこれから商品化するという『彦一』

 地酒を深掘りした商品ということで八代目が手がけた商品がある。まだ商品化はしていないんですけど、と前置きして新しい商品を見せてくれた。地元でつくっているチヨニシキという米を使用している。

「大洗の海をイメージしたラベルで『彦市』という名前です」

 試飲させてもらったがまろやかな酸味があり、これまでの商品とこんなに違うのか、という印象だった。現代のトレンドというか嗜好性にも合い、受け入れられそうな味。有機という商品があり、定番の商品があり、地元にこだわった新しい商品がある。この多様性こそが日本酒文化の豊かさなのだと思う。

 ワインは土がつくるとよく言われるが、それに相当するものが日本酒にとっては水だろう。那珂川の伏流水と潮風が月の井酒造の味を特徴づけている。現地に足をのばし、あるいは訪れてからお酒を口にふくむと海の風景が頭に浮かぶ。

 日本酒は土地と深く結びついている。時代が変わり精神的な豊かさを人は求めるようになった。日本酒には一つ一つ物語があり、舌だけではなく心も満足させる。そのことが最近の再評価に繋がっている。僕らは世界から注目されている日本酒を最も身近に享受できる特権的な立場にいるのだから、その幸せを素直に味わったほうがいい。いい酒は人と地域に幸福を与えてくれる。

参考:国税庁 酒のしおり
(写真・映像/志賀元清)

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