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発酵・醸造食品

毒を消し、医者を殺し、名将をも動かした味噌の力

味噌は体に良いのか悪いのか?(前篇)
2015.11.13(Fri) 漆原 次郎

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。

食の万華鏡

食の安全に対して国民の関心が高まっている。今後、安全で美味しい食の供給国としての日本を考えた時にもこの問題は重要になる。食の安全の話題を中心に、食トレンド、食品マーケットなど、食にまつわる様々なテーマを取り上げる。
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甘口が多い白味噌と、辛口の多い赤味噌
甘口が多い白味噌と、辛口の多い赤味噌

「日本食」という言葉から、どんな光景を思い浮かべるだろうか。白いご飯、焼き魚に煮物、そして酢の物といった、食卓に並びそうな典型的な膳を頭に描く人は多そうだ。

 もう一品、味噌汁も忘れてはならない。昔から日本食の基本は「一汁三菜」ともいわれてきた。「一汁」を代表するのが味噌汁だ。

 日本食を特徴づける食材は、出汁、醤油、米といろいろあるが、今回は「味噌」に目を向けてみたい。味噌汁にする以外にも、漬ける、煮る、焼くといった調理法で、日本人は味噌を使ってきた。

 近代以降も日本人は、ラーメン、ソース、野菜炒めといった外来の食にも味噌を絡ませ、新たな味を創ってきた。どんな食材に対しても、味噌で味付けしてみる。それほど、味噌は日本人にとって基本となる調味料なのだ。

 高温多湿な日本は、発酵食の味噌づくりに適している。だが、味噌が日本食の基本の1つになった要因は、風土的なものだけなのだろうか。

「日本食」と聞くと、もう1つ「健康」という言葉を連想する人も多いだろう。美味しくて健康によいとされる食は、廃れず、食文化を特徴づける要素になっていく。味噌もそんな健康に貢献する日本食の一要素であり続けたのではないか。

 だが一方で、現代を生きる私たちの頭には「味噌には塩分が多い。塩分は高血圧を招く。だから味噌の摂り過ぎはよくない」といった考えも浮かんでくる。現に、味噌の消費量は年々減っているという。味噌の塩分を避けようとする意識が背景にあるのかもしれない。

 果たして、味噌は体に良いのか悪いのか。そんな疑問を抱きつつ、日本人と味噌の関わり合いを、前後篇で追っていくことにしたい。

 前篇では、歴史的な観点で、日本人と味噌の関わり合い方を追っていきたい。日本人は味噌にどんな価値を置いてきたのか。「味噌で健康」という見方はあったのだろうか。

 後篇では、現代科学的な観点で、味噌が体に良いのか悪いのか、追い求めていきたい。話を聞いたのは共立女子大学家政学部の上原誉志夫氏。味噌と高血圧などの関係性に着目して研究をしている研究者だ。ここまでの研究成果を聞くことにする。

 「みしょう」が「みしょ」そして「みそ」に

 日本の味噌の起こりについては、2つの説がある。

 1つは、大陸から伝わったとするもの。以前に「味噌と醤油はどちらが先に生まれたのか」でも触れた通り、中国ではかねてから大豆や小麦などの穀類に塩を加えて発酵させた「醬(ジャン)」という食材が作られていた。これが日本の味噌の起源であり、直接中国から、または朝鮮半島を介して伝わったとされる。

 もう1つ、日本独自説というのもある。日本人は縄文時代から塩づくりを行っており、弥生時代には塩蔵した穀物を麴で発酵させていたとされ、ここから日本を起源とする説だ。

 701(大宝元)年に制定された法典『大宝律令』では、宮内庁大膳職の下に「醬院(しょういん)」という部署が置かれ、ここで醬(日本語では「ひしお」と呼ぶ)を調味料として使っていたという。味噌の起源は、少なくとも7世紀には日本で確固たる地位を築いていたようだ。

 では、「味噌」という言葉はいつ頃から使われるようになったのか。最古の記述とされるのは、901年に完成した『三代実録』。清和、陽成、光孝の3代天皇の30年間(858~887)を記録した書物だ。近江国(いまの滋賀県)から納められた「味噌」が僧への俸給として与えられたと記されている。

 また、「みそ」と呼ぶのは、醬に成熟する途中段階の「未醬(みしょう)」から来ているとされる。「みしょう」が「みしょ」となり、さらに「みそ」になったというわけだ。なお「味噌」の「噌」は和製漢字で「がやがやにぎやかである」の意味をもつ。古の人は、さまざまな風味が混じりあっている様を「味噌」と表現したのだろう。

 麴や色により味噌は多種多様に

 主原料の大豆に麴を加えて発酵させ、味噌にする。「米味噌」「麦味噌」「豆味噌」などの種類があるのは、加える麴の種類によるものだ。色では主に「赤味噌」と「白味噌」に分けられるが、これは大豆などに含まれるアミノ酸や糖が化学変化して褐色化する度合によるもの。ご飯のおこげや、炒めた玉ねぎ、焼いた肉などが褐色になるのと同じ原理だ。

 代表的な米味噌を例に製法を見ると、まず、蒸米を冷ましてから麴のもととなる種麴を撒き、30℃で40時間培養して米麴をつくる。大豆は水に漬けてから蒸して潰す。こうして用意した米麴と大豆に塩を加えて発酵、成熟させる。適温の25~30℃に保った場合、2~3カ月で発酵が集中的に進む。かつては雑菌を避けるため、1~3月に仕込み、9月ごろ発酵を済ませていた。

 なお、名古屋の「八丁味噌」などで知られる豆味噌は、主原料の大豆を蒸して、大豆麴で発酵させてつくるもの。蒸した大豆を球状にした「味噌玉」を吊るす。煮た豆の水分は50%ほどと高く、そのまま発酵させると納豆菌のような意図しない菌が繁殖してしまうため、球状にして吊るし、空気に触れさせるのは味噌玉の表面だけにしておく。朝鮮では味噌玉を「メジュ」と呼ぶが、上述の「みしょう」のさらに源流の呼び方が、この「メジュ」ではないかともいわれる。

豆味噌づくりに見られる日本の味噌玉
豆味噌づくりに見られる日本の味噌玉

 名将は味噌を創る

 味噌は、江戸時代に醤油が普及するまで、最も用途の広い日本の調味料だったという。食材がいまほど多様でなかった時代、味噌の価値は現代よりはるかに高かったに違いない。

 その価値の高さは、戦国大名と味噌の関係からもうかがえる。名将とされる戦国武将の多くが、味噌づくりに積極的だったのだ。

 甲州と信州を支配した武田信玄(1521~1573)は、小麦を粉にひいたあとに残る「麩(ふすま)」を麴にして、麦湯またはうどん汁などで仕込んで塩で整えた即席味噌「陣中味噌」を作った。また信玄は、信州の良質な豆に眼をつけ、農民たちに味噌を作らせて、これを買い上げていたという。信玄の味噌づくり奨励により「信州味噌」は根付いていった。

 東北では、仙台藩祖の伊達政宗(1567~1636)が、仙台城を築くとき、城内に「御塩噌蔵(おえんそぐら)」という大規模味噌工場を設けた。そして、遠く筑波山の麓で味噌屋を営んでいた真壁屋古木市兵衛という人物を招いてまでして、味噌を仕込ませた。これがいま供されている「仙台味噌」の端緒という。

 北陸では、加賀藩祖となった前田利家(1538~1599)が、豊臣秀吉に臣従し、金沢城に入ったとき、平時のときからの準備として味噌を作らせたのだった。この味噌は、後に「加賀味噌」とよばれるようになる。基本的に赤味噌で、コクのある濃い味を特徴とする。

 他にも、徳川家康(1542~1616)と八丁味噌、上杉謙信(1530~1578)と越後味噌など、武将と味噌との関係性はとても深い。これはひとえに、武将たちが味噌を貴重な兵糧として考えていたからだ。兵士たちには戦場に味噌を球状にした「味噌玉」を携帯させた。時間があれば湯に溶いて飲み(インスタント味噌汁の原点とされる)、そんな時間がなければ齧って腹に入れていたという。

 武将や兵士たちにとって味噌は保存性と携帯性を備えたこの上ない兵糧だった。だが、そこには、味噌の栄養価の高さも価値として加えられていたにちがいない。「たんぱく源」という言葉はまだないにしても、食べることで生きる力を得られるのは自身の食の経験や、当時の知識からも分かるはず。「名将は味噌を創る」のである。

 「医者に金を払うよりも、味噌屋に払え」

 江戸時代になると、味噌の健康効果は、ことわざや書物の説明書きなどで広まった。「味噌汁」や「味噌」にまつわる昔のことわざをいくつか見てみたい。

「味噌汁は朝の毒消し」
朝に飲む味噌汁は、体に溜まった毒を取り払ってくれるとされていた。

「味噌汁一杯三里の力」
味噌汁を一杯飲めば、三里(約12キロメートル)を歩いても疲れないというわけだ。

「味噌の三礎(みそ)」
味噌には、味のもと、命のもと、美のもとが含まれていると言われた。食の基本となっていたことがうかがえる。

 このように味噌にまつわることわざは多くあるが、中でも興味深いのは「味噌の医者殺し」や「医者に金を払うよりも、味噌屋に払え」といったもの。病気を治療するよりも、日々の食で健康を保つほうが大切という当時のものの見方をうかがい知ることができる。この考え方は、現代にも通じるものだ。

 江戸時代までの薬学の知識をまとめた本草書では、医師の人見必大(1642頃~1701)が著した『本朝食鑑』の中に、味噌の効用が記されている。

<味噌は本邦、古より上下四民ともに旦夕の供。(略)一日も無しはあるべからざるなり>

(味噌はわが国では昔から士農工商の人びとが朝も夕も用いた。(略)一日もなくてはならない)

<大豆の甘・温は気を下し、中を寛し、血を活し、百薬の毒を解す。麴の甘・温は胃に入りて食および諸積を消ひて閉塞せしめず、元気を運し、血営を行す。塩の鹹・寒を得て、心・腎・肺・脾・肝に入りて、気血を歛め、筋骨を滋し、毒を解し、血を涼し、燥を潤し、痛を定め、痒を止め、またよく食欲を引きて、これに於い行く>

(大豆は、気の巡りをよくし、胃を寛がせ、血を活かし、解毒をする。麴は、胃に入って食べものや諸々を消化して詰まらせず、元気を運び、血行をよくする。塩は、心臓、腎臓、肺、脾臓、肝臓に入って、気と血液を縮ませ、筋肉や骨に栄養を与え、解毒し、血を涼にし、乾燥を潤し、痛みを沈め、痒さを止め、またよく食欲を引き出す)

『本朝食鑑』は、中国・明の『本草綱目』を拠り所にしながら、人見必大が検討を加えて解説したもの。味噌の効能の表現は、いささか過度にも感じられるが、万人にとって健康を得るための重要な食材と位置づけられていたことが分かる。

『本朝食鑑』における「味噌」の効能の記述。赤傍線の部分が、本文で紹介した部分(所蔵:国立国会図書館
『本朝食鑑』における「味噌」の効能の記述。赤傍線の部分が、本文で紹介した部分(所蔵:国立国会図書館

 「信州味噌」普及の契機は関東大震災と戦禍

 味噌は自作するものだとする「味噌買う家は蔵が建たぬ」ということわざもある。ただし、江戸の庶民はわが家で作るより買うほうが多く、遠く津軽や愛知などからも味噌が運ばれてきた。

 近現代になると、地域特産の味噌がその地域以外でも食される流れが加速する。そのきっかけの1つが、1923(大正12)年の関東大震災だった。

 この震災では、東京の味噌工場の7割が焼失したという。当時の人々の暮らしに不可欠になっていた味噌が、一気に入手しづらい状況になったのだ。そこで、被災地以外の各地から、味噌が救援物資として届けられたのである。たとえば愛知県からは味噌が地震発生から1週間経たずして2万貫(約75トン)、名古屋市からも2万貫が送られた。

 中でも援助物資として味噌を大量に送ったのが長野県だった。米麴を使った辛口の「信州味噌」が、次々と東京に送り込まれ、東京の人々に食べられた。これで「信州味噌」は一気に広まったという。

 太平洋戦争直後の食糧難の時代にも、比較的戦禍の少なかった長野県の味噌が東京一帯へ運ばれ、再度、評判をよぶことになった。現在、信州味噌は国内出荷量の46%を占めるまでに至っている。

 塩分を避ける風潮の中で味噌の消費量は半減

 このように追っていくと、味噌は万能の調味料にように思えてくる。ところが近年、味噌の需要は全国的に減ってきているのだ。

 1971(昭和46)年には、1人あたりの年間味噌消費量は3928グラムだったのが、2010(平成22)年には2098グラムへと半減した。

 背景には、食の西洋化や調理の簡素化などの傾向もあるだろう。だが、もう1つ、「味噌は塩分の過剰摂取を招く」といった健康志向からくる懸念の高まりもあるのだろう。

 今回の記事づくりで参考にした1994年刊の百科事典にも「食塩の摂取過剰を招くおそれがあり、多く使いすぎないように注意しなければならない」と書かれてある。

 味噌の食べ控えが、減塩につながり、高血圧やその延長にある動脈硬化などの血管病を防ぐというのは、果たして本当なのだろうか。ここまで見てきたように、かねてから日本人は味噌の健康効果に高い価値をおいてきたはずだ。実際のところ、味噌は体に良いのか、悪いのか・・・。

 そこで後半では、味噌に向けられている現代の視点を紹介したい。「味噌汁の摂取が血圧にどう影響するのか」といった注目の研究が行われ成果が出ているのだ。

(後篇につづく)

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本当は血圧の上昇を抑える味噌
2015.11.20(Fri) 漆原 次郎


味噌は体に良いのか悪いのか?(後篇)
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 日本人が少なくとも7世紀から接してきた「味噌」は、体に良いのか悪いのか。そんな視点から、前後篇で味噌の歴史と科学を追っている。

 前篇では、味噌の歴史を見てきた。「医者に金を払うよりも、味噌屋に払え」といったことわざや、薬学の知識をまとめた本草書の「一日もなくてはならない」といった記述から、日本人がいかに味噌に健康を期待してきたかがうかがえる。

 ところが現代になり、日本人の“味噌観”は大きく変わってしまった。

「塩分が多い。塩分は高血圧を招く。だから味噌の摂り過ぎはよくない」といった考えが根づくようになり、味噌が避けられる傾向がある。食の西洋化など他の要因もあるだろうが、日本人1人あたりの味噌消費量は1970年代から半減しているのだ。

 しかし、もし味噌が体に悪いのだとすれば、どうしてこれほど長らく日本人は味噌を愛してきたのだろうか。多くのことわざや本草書の記述は、単なる誤解だったのだろうか。

 そこで今回の後篇では、「味噌は体に良いのか悪いのか」という疑問に、現代の眼差しからの答えを求めることにした。食塩と高血圧の関係性などを研究する、共立女子大学家政学部教授の上原誉志夫氏を訪れた。

 上原氏はここ数年、「味噌汁の摂取が血管状態や血圧にどう影響するのか」について、注目の研究成果を上げ続けている。

 血圧が高くなるデータはあるのか?

 日本人の1日の塩分摂取量が10グラム以上という中で、2004年に日本高血圧学会は塩分摂取量の推奨値を「1日6グラム未満」とした。

「長らく、私は食塩が体に悪いという視点で研究してきました。味噌汁にもたしかに食塩が入っています。けれども、血圧が高くなるというデータはないのではないかと目を付けて、実証しようとしたのです」

 上原氏は、味噌に着目した経緯をそう説明する。日本人が自分たちの食生活に対して自信をなくしている状況を憂いていたともいう。

 上原氏は、まず学生とともに「Dahl(ダール)ラット」という、塩分の感受性が高い特殊なラットで味噌摂取の影響について実験した。同じ量の塩分を、食塩水で摂らせた場合と、味噌汁で摂らせた場合では、味噌汁摂取ラットのほうが食塩水摂取ラットより血圧が10mmHg(ミリメートル水銀柱)ほど低かった。

上原誉志夫氏
上原誉志夫氏。共立女子大学家政部食物栄養学科臨床栄養研究室家政学部臨床栄養学教授。医学博士。1976年、東京大学医学部医学科卒業。1978年、東京大学第二内科入局。米国ミネソタ大学内科学教室に留学、ルイス・トビアン教授に師事。その後、星薬科大学非常勤講師、東京大学保健管理センター助教授、保健センター副所長、保健センター駒場支所長。2009年より、共立女子大学家政部食物栄養学科臨床栄養研究室家政学部臨床栄養学教授、現在に至る。研究分野は臨床栄養学、健康科学、食塩と高血圧、内科系臨床医学。2015年10月に『高血圧ならみそ汁を飲みなさい!』(実業之日本社刊)を上梓した。


 味噌汁摂取は30%の減塩効果に相当

 では、人では味噌汁の摂取が血圧にどう影響するのか。

 上原氏は東京都内の三楽病院と共同で、2010年から2014年までの5年間に人間ドック受診者を対象に味噌汁の摂取量と血圧の関係を調べた。男性330人(平均55歳)に食べものの摂取頻度を聞き取り、人間ドックの成績との関連性を見たのだ。

「5年間にわたり調査しましたが、味噌汁を飲む頻度が1日1杯でも、2杯でも、3杯でも、血圧の値との間に関連は見られませんでした」

 この研究で上原氏たちは、血圧が正常値(上が129未満、下が84未満)の人たちと、高血圧予備軍とも言われる正常高値以上(上が130以上、下が85以上)の人たちとに分けて比較してもみたが、どちらの群も味噌汁摂取頻度と血圧の関連性はなかったという。

「1日3杯については被験者の数は多くないので断言まではできませんが、1日に味噌汁1杯、ときに2杯という量では、まずもって問題ありません」

 味噌の塩分は減塩製品でなければ白味噌で数%、辛口の赤味噌では13%ほどに上る。塩分の高い味噌なら味噌汁1杯で塩分1グラムほどになる計算だ。これを1日2杯飲めば、高血圧治療ガイドラインの目標値の3分の1を味噌汁で占めてしまうことになるのだが・・・。

 どうして、味噌汁を飲んでも、血圧の値に反映されないのだろうか。

「味噌汁を飲んでいると、塩分を摂っていても血圧の上がり方が鈍くなるのだと考えられます」と、上原氏は説明する。

 塩分を摂ると、血圧が敏感に上昇する体の性質を「塩分感受性」というが、味噌汁を日常的に摂取していると塩分感受性が低くなるというのだ。

 さらに、重要なことに、その効果は味噌汁に含まれる塩分にのみ当てはまるのでなく、あらゆる食材中の塩分に当てはまる。



「味噌汁を飲むと、30%の減塩に相当する効果があります。仮に1日10グラムの塩分を摂取する人では、味噌汁を飲めば7グラムの塩分摂取で済んでいることになります」

 たしかに味噌にも相当な塩分が含まれてはいる。だが、食塩感受性を低める効果もあるため、全体としては血圧上昇を抑える減塩効果をもたらすというわけだ。

 では、味噌を採った人の体の中で、どんなことが起きているのだろうか。

 味噌の成分が塩分排出を促す

「味噌の中には、直接的に血圧を下げるような成分と、腎臓から塩分を排出しやすくする成分があるようだということが研究から見えてきました」

 まず、直接的に血圧を下げるような成分について、上原氏は「味噌水」を与えたラットで、2時間後に血圧が低下しはじめ、4時間後に血圧低下が最大となるという結果を得ている。味噌に含まれるなんらかの成分がすばやく血管を広げ、血圧を下げたのだと上原氏は考えている。

 より中心的な働きを担っていると上原氏が見ているのが、もう1つの、腎臓から塩分を排出しやすくする成分のほうだ。

「腎臓が食塩をよく排出すると、塩分摂取による血圧上昇は鈍くなります。その働きをもつ成分が、味噌にはあるということです」

 これまでの研究者たちの成果では、味噌に含まれる「ニコチアナミン」という成分が腎臓からの塩分排泄を促進する働きをもつことが分かっている。ただし、ニコチアナミンは味噌より前の大豆の段階から含まれている成分だ。上原氏は、味噌にするからこそ生じる他の塩分排泄促進物質もあると踏んでいる。

「そうした物質が存在することは明らかですが、その正体が分かっていない成分がまだあります。それを突き止め始めたところです」

 その1つは、かなり推測が進んでいるようだ。「おそらくはペプチドであり、大豆のタンパク質が発酵される過程で出てくるものと睨んでいます」。

 ペプチドとは、複数のアミノ酸がつながった化合物の総称。大豆が発酵して味噌になる過程では、大豆のタンパク質に由来するペプチドが生じる。

「以前から着目していた血圧を下げる物質と、このペプチドは血圧の下がり方のパターンなどが似ています。これだろうと思います」

 淘汰されず残る食材には根拠がある

 味噌の血圧上昇を抑えるしくみがより明らかになれば、今後は「機能性食品」としての味噌製品が開発されそうだ。

「当然、味噌メーカーなどは、成分がはっきりすれば、その働きを強化するような味噌製品を考えることでしょう。でも・・・」と、上原氏は続ける。

「治療に使うため機能性を高めようとするのであれば、薬があるではないかと思うのです。食べものについては、人の喜びや楽しみと結び付けるべきではないでしょうか」

 前篇で、日本人が味噌をいかに健康につながる食材と捉えてきたかを見てきた。ただし、それは、味噌を「美味しい」と感じる前提があってのことなのだろう。

「味噌汁を飲めばほっとする。そんな感覚は、長い歴史の中で、日本人に植え付けられたものだと思います。他に換えられるものではありません」

 海の幸、山の幸、畑の幸、どんな食材とも、しっかり結びついて、味を深める。味噌は人びとの食べる喜びや楽しみをもたらし続けてきた。しかも、1000年以上にもわたってだ。

「経験的に淘汰されず残るというのは、人々がその食材になんらかのメリットを経験的に感じとっているからです。いまの科学でそれを説明していくことが重要ではないかと考えています」

 味噌が体に良いことが科学的にもはっきりした後世、日本人はいまの私たちをこう振り返りはしないだろうか。

「味噌から遠ざかるなんて、当時の人たちはもったいないことをしていたものだ」と。

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