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食と農

JAS法まで変えた「松田のマヨネーズ」の存在感

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樋口直哉 [小説家・料理人]    バックナンバー一覧
【第41回】 2016年4月6日

 マヨラーという言葉が『現代用語の基礎知識』に掲載されたのは1998年のことだ。この言葉はほとんど死語になりつつある気もするほど、マヨネーズは日本人の食卓に完全に定着している。

全国マヨネーズ・ドレッシング協議会の統計によるとマヨネーズ・ドレッシングの生産量はずっと拡大を続けており、2015年には過去最高を記録している。総務省の『家計調査』によると一世帯あたりの消費量は全国平均2597グラム(2011年~13年平均、1位の鳥取は3137グラム)。「ほんとに?」と疑いたくなるほどの量を使っている。

 その背景にはあるのは用途の拡大。お好み焼き、おにぎりの具材、握り寿司、スナック菓子まで気がつかないうちに食べている、というわけだ。たしかにマヨネーズはポテトサラダやたまごサンドなどに欠かせない調味料である。

自然な味を求める人に選ばれる
『松田のマヨネーズ』の材料とは


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松田のマヨネーズ

 日本のマヨネーズの歴史は1925年、キユーピーがはじめて国産マヨネーズをつくりはじめたことからはじまる。1941年には約500トンも出荷していたということからも広がりようがわかる。キユーピーは現在でもトップの会社で、業務用ではケンコーが後に続き、家庭用では味の素などもマヨネーズを製造し、全体のシェアのほとんどをこの3社が占める。一見すると同じようなマヨネーズもそれぞれ味は違う。

 外国人にも日本のマヨネーズは人気で、アメリカのプロ向けレシピサイトでも『Japanese (Kewpie-Style) Mayo』のレシピが公開されている。このサイトでは材料にブドウ糖シロップとMグルタミン酸ナトリウムを使うことで日本のマヨネーズの味に近づけていた。

 たしかに大手メーカーの製品は大抵、原材料に『調味料(アミノ酸等)』という表示がある。アミノ酸が悪いというつもりはないが、『調味料』の味が素材より強くても困る。化学調味料の入っていない市販のマヨネーズが欲しい。となるといくつかの中小メーカーの製品を選ぶことになる。

 なかでも自然な味を求める人たちが選ぶマヨネーズといえば、やはり『松田のマヨネーズ』だ。

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「松田のマヨネーズ」が作られる工場外観

 株式会社ななくさの郷が製造している『松田のマヨネーズ』は自然素材を使ったマヨネーズの代表格。都内から車を走らせること、1時間余り。工場がある埼玉県児玉郡神川町は群馬県との県境に位置する静かな山里に工場がある。周りには畑が広がり、すぐ側には川が流れている。

 朝、6時。あたりはまだ暗い。早出のスタッフが出勤し、工場に灯りがつく。準備を済ませたスタッフの方が卵を割る作業に入ると、工場に殻が割れるリズミカルな音が響く。

 工場で使う卵はすべて手で割っている。この光景は創業の時から変わらない。

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どこかの給食室くらいの広さの工場に卵の殻が割れる音が響く

「手で割るといいのは卵の状態を一つ一つ確認できること。卵は養鶏家の考え方、餌や時期、場所によってそれぞれ卵黄の色も違う。それをうまくバランスよく混ぜることで色を出している」

 社長の松田優正さんから話を伺う。平飼いの卵は信頼する10軒ほどの養鶏家から仕入れている。マヨネーズはJAS法で〈卵黄又は全卵を使用し、かつ、必須原材料、卵黄、卵白、たん白加水分解物、食塩、砂糖類、はちみつ、香辛料、調味料(アミノ酸等)、及び香辛料抽出物以外の原材料を使用していないものであって、 原材料に占める食用植物油脂の重量の割合が65%以上のものをいう〉と定められている。つまり、マヨネーズの味は素材で決まるといっていい。

 松田さんは元々、自然食品店を営んでいた。マヨネーズ作りをはじめたのは、養鶏家から仕入れて余ってしまった卵がもったいないと感じたことがきっかけだ。それまで食品加工の仕事をした経験はなかったが、素材についてはよく知っていた。『マヨネーズ・ドレッシング入門』という一冊の本を片手に試行錯誤の末『松田のマヨネーズ』は世に生まれる。

「マヨネーズって家でもボウルを使ってこう……つくるじゃない。その延長ではじめたから。今では混ぜるのには機械を使っているけど、それだって自分で試行錯誤をしてつくっていった。美味しいって言ってもらえるけど、それは安心した材料、いい材料ばっかりを使ってるから」

 いい材料を使えば自然とおいしい食べ物になる、と松田さんは言う。割られた卵は真空撹拌機にうつされる。キユーピーは卵黄だけ、後発の味の素は全卵など各社によって卵の原料にも違いがある。松田のマヨネーズが全卵タイプなのは、黄身と白身で一つの命である卵すべてを使いたいという想いがあるからだ。

 材料の素性はすべてマヨネーズの包装の裏にきちんと書かれている。油は米澤製油の圧搾絞りなたね油、酢はオーガニックの純りんご酢、食塩は『海の精』、それと100%からし菜の種を粉末にしたマスタード、国産ニンニク、胡椒はオーガニックのホワイトペッパー(香辛料抽出物ではない!)。それに酸味と甘味のバランスをとるためのハチミツはロシア極東ウラジオストク周辺(ウスリースク)産の菩提樹蜂蜜、このハチミツが松田マヨネーズの味の特徴だが、これがのちに苦労をもたらすことになる。

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味の決め手のハチミツ

「白砂糖は使いたくなくて、ハチミツなら自然な甘味が出るし、そうなるとりんご酢との相性もいい。油は無添加サラダ油としてこれが一番良い。……という具合に使う材料は決まっていきました。パッケージの材料について書いてあるのは裏を読んでもらって、食べ物に興味を持ってもらえたらっていうのもあるよね」

 卵に塩や香辛料、湯煎にかけてやわらかくしたハチミツなどを加え撹拌し、空気が抜かれる。その後、丁寧に濾すが、この時も余分な空気が入らないように注意が必要だ。油脂の酸化の原因となる空気はマヨネーズ作りの大敵なのである。

 取材に伺った日、製造されていたのは「松田のマヨネーズ辛口」。甘口と辛口、という種類があるマヨネーズも珍しい。

「辛口と甘口の2種類があるのはお客さんの好みだから。甘口と辛口の味の違いはマスタードの量が違うだけで、甘口っていったって甘いわけじゃないんですよ。辛くないだけです。どちらかを選ぶ楽しみもあるし、自分でつくるからにはいい食べ物を食べてもらいたいっていうのがあるから、両方の味をつくるのがお客さんのためだと思った」

 ちなみにどちらが多く売れているかという質問の答えは『辛口』。「自分たちも辛口のほうが美味しいって言っているし」とのことだ。ちなみに辛口も辛いわけではない。工場内には計量したりんご酢の甘い香りが漂っていた。甘口の味わいは新鮮だった。キユーピーはマヨネーズを『コク味系調味料』と呼んでいるそうだが、こちらは優しい『癒し系調味料』といった味わいだ。

こだわりの「ハチミツ」を使うがゆえ
“マヨネーズ”を名乗れなくなった日々


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松田さんが工夫した機械は少量ずつ乳化させるので手作りの味に近いものになる

 8時半に乳化の作業がはじまった。卵液となたね油とりんご酢が一つになり、みるみる乳濁液になってタンクに落ちていく。それを容器に充填すればマヨネーズのできあがりだ。あとはパッケージに包装して、ダンボールに詰められていく。ちなみに表紙の素敵なパッケージデザインは和田誠さん。卵を産み落としたばかりのニワトリのイラストは今にも鳴き出しそうな雰囲気である。コケコッコ、と。

 工程自体はとてもシンプル。機械を使っているが、手仕事感がある。松田のマヨネーズは営業もしないし、在庫ももたない。スタッフを増やし、製造量を無理に増やすとホームメイド感が薄れるという。だから規模はこれ以上大きくするつもりはないそうだ。

 ファンに愛されて、支持を伸ばしてきた松田のマヨネーズに大きな事件があったのは2003年のこと。農水省の審議会でそれまでのJAS規格に入っていない「ハチミツ」が入っていたことを指摘され、マヨネーズと名乗れなくなったのだ。本来は粗悪な品を排除するための規格が、そうでない製品に問題をもたらした不運だった。

「突然の通知で驚きました。それまで18年間なんの問題もなく販売していたのに『なんで?』っていう感じ。それで仕方なく『マヨネーズタイプ』という名前でしばらくは販売していました」

 安価なブドウ糖液糖などはよくて、自然のハチミツが認められないのはおかしい、と愛用者も異議の声をあげ、署名運動まで起きた。

「でも、話題になったことでうちを知って、製品を買ってくれた人もいて、そうした方がリピーターになってくれました。応援してくださったことはありがたかったですし、ハチミツ問題は自分たちのなかでは大きかったですね」


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パッケージの裏面に書かれた「おかげさまで”マヨネーズ”です」の言葉

 署名をはじめさまざまな要望が出されたが、結局規格の見直しは5年後の審議会を待たなければならかった。

「でも、良かったですよ。見直してくれて」

 いかにも役所の対応だが、こうして『松田のマヨネーズ』は元通りのマヨネーズと名乗れるようになった。パッケージの裏面にも「おかげさまで“マヨネーズ”です」という言葉とお礼の文章が載せられている。

 松田さんは今、自給自足しながらマヨネーズをつくっている。仲間で馬も飼い、最近は畑の除草役としてヤギも加わった。様々な野菜の他、米や大豆、小麦も育て、味噌や醤油までつくっている。見渡すかぎりの畑を案内してもらった。端境期のため植えられた作物は少なかったが、麦が青く芽吹いていた。

「僕は『食べ物は土から生まれる』というのを大事にしたいと思っている。ここに来たのもそのためなんです。店をやっている時に、無農薬で生産者の方に野菜をつくってもらっていました。でも、自分でやっていないから、本当のところはわからないわけですよ。だから、自分でやりたいなって思った」

──やってみてわかることは多いですか?


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社長の松田優正さん

「それはそうですよ。僕はみんな畑をやればいいって思っています。土は色んなことを教えてくれるから。種を撒いて、芽が出る……食べ物をつくっているといろんなことがわかります。気象の変化を感じれば環境を守ろうという意識にも繋がる。それから食べ物をつくる大変さもつくってみなければわからない。醤油だって醤油麹をつくれば、それ一つだって麹菌の命の営みだからね」

 世の中ではどうしても経済効率が優先されるから、食べ物は工業的に扱われがちだ。食べ物は工業製品ではなく命である。

 それを聞いて筆者は卵の卵黄の色は鶏が食べる植物に由来しているという話を思い出した。

 植物は光合成で太陽の光をエネルギーに変えるが、黄色色素はそのシステムを強い紫外線から守る働きを担っている。植物は太陽の光を蓄え育ち、鶏はそれを食べて成長し、やがて卵を生む。卵のなかには鶏と植物から受け継がれた命が宿っている。

 昔から卵が生命の象徴とされてきたのはそんな生命連鎖を体現しているからだ。作家のハロルド・マギーはこんな風に表現している。『太陽の光が生命の形をとったもの、それが卵である』と。

「ある時、マヨネーズの容器が膨らんだことがあって、あの時は大変だったかな。原因は結局、わからなかった。分析すると炭酸ガスとアルコールは出ているので菌が原因、ということはわかる。でも、いろんな検査機関で調べたけれど肝心な菌が検出されなかった。食べてもなんて事ないんですよ。保健所なんかが『サンプルください』ってきてね。出すと『残りは美味しいんで食べました』って。でも、いつでも膨らむ可能性はあるってことだと思うんですよ」

 食べ物を扱っていると、予期せぬ事態が起きる。そうしたトラブルと向き合いながら、松田さんはマヨネーズをつくり続けてきた。先に述べたようにマヨネーズの成分は大まかに決まっているから大手メーカーの製品価格は、かなりの企業努力の末に実現していることが想像できる(ただでさえこのところ鶏卵や食用油の相場は高騰しているのだ)。そうした製品と比べると『松田のマヨネーズ』は割高だ。それでも一つ一つの材料を見れば少々高めの価格も納得できる。そうした納得感がお客さんから選ばれている理由である。

シェアはマヨネーズ業界の1%
この存在感が市場を豊かにする


 食べ物はやはり口に入るものだから、素性がわからないものを、気がつかないうちに食べているという事態は避けたい。そうした人に『松田のマヨネーズ』は支持されてきた。

 全国の生産量から推測すると『松田のマヨネーズ』は全体の1%ほどのシェアを持っていることになる。この数字を多いと見るか、少ないと見るかは個々人の価値観に委ねるが、1%という数字には存在感がある。

 1%ほどのシェアの製品が市場を変えた例としてクラフトビールを挙げることができる。画一的な大手の味に対して、個性豊かなクラフトビールは市場を変えた。今では大手メーカーの参入も促し、スーパーの売り場には多種多様な商品が並ぶ。それぞれの嗜好にあったビールを選ぶことができるという多様性が市場を豊かにするのだ。


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畑の除草役として活躍するヤギ

 食べ物についてはいろいろと歪みが指摘される時代だ。でも時代にかかわらず『松田のマヨネーズ』はマイペースに自然な食べ物をつくり続けてきた。それはそうした姿勢を支持する消費者が一定層、確実にいたということだ。

『松田のマヨネーズ』は他のメーカーに比べて酸味が弱く、優しくバランスのとれた味だ。他社製品と比べるとわかるが、白っぽくふんわりとしていて、強烈な味を主張するものではない。でも、しばらくするとまた食べたくなる。食べ飽きないおいしさ、と表現すればいいだろうか。

 最後に「松田さんにとっての〈おいしさ〉とはなんですか?」と質問してみた。

「僕はよくこういう言い方をするんだけど、身体の役に立つってことだと思う。そういうものは飽きない。過度に味付けしたものって長くは食べられないんです。あとは自分がつくったものが一番おいしい。食べ物のおいしさって、できるまでの営みでしょう。誰がつくったかわからないものは感動もない。美味しいと感じることは心にいい、心にいいということは身体にもいいんだよね……そう、結局は心が大きいんじゃないかな」

 パッケージの裏に『百姓道』という文章が載せられている。〈限度を知り、多くを望まず野山海川の命を通して自然と共振し、今の経済に流されることなく、農のある確かな暮らし。人は土を耕し、土は人を耕す。〉

 松田さんはこの言葉通りの生き方をしてきた。そしてそれが他にない優しい味わいのマヨネーズの味をつくったのだ。


(写真・映像/志賀元清)

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1 Comments

senrryu says..."No title"
ところで 何で鳥取県にマヨラーが多いの?!v-405
2016.04.10 09:23 | URL | #- [edit]

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