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歴史

「シーボルトの金魚」確認 オランダ博物館に標本現存


 江戸時代後期の1820年代、長崎・出島のオランダ商館に滞在したドイツ人医師シーボルトが入手し、オランダに送られた金魚のアルコール漬け標本が、同国ライデンの自然史博物館に現存していることが17日、分かった。近畿大の細谷和海教授(魚類学)らの研究チームが確認した。

 研究チームによると、標本は計35匹。日本最古の金魚標本とみられる。うろこやひれの形に加え、魚独特の光沢も十分に保たれている。金魚は当時、日本では庶民が飼っていたが、欧州では珍しかったという。

 自然史博物館にシーボルトの金魚標本が収蔵されたことは文献で知られていた。

(共同)


シーボルトの金魚
 オランダの自然史博物館に現存する、シーボルトが入手した金魚「ランチュウ」のアルコール漬け標本(研究チーム提供)

2016年9月17日 08時41分

詳細は↓をCLICK
47News



375px-シーボルト_川原慶賀筆
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト詳細はCLICK

ドイツ出身の医師、博物学者であったシーボルトは来日中の間に診療の傍ら 日本各地を探訪様々な分野の標本を収集(弟子への依頼も含む)し、派遣本国であるオランダに送っていたといわれる。

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4 Comments

senrryu says..."TAIYAKI"
このランチュウの標本写真を見て
新種の鯛焼きかと思った!!
と仰る方がおいででした。v-207v-229
2016.12.01 06:59 | URL | #- [edit]
senrryu says..."(天声人語)シーボルトの夢"
 世に恋文は尽きないが、江戸末期に日本を追われたドイツ人医師シーボルトが、長崎に残した女性タキとその娘イネへ送った書簡は思いの熱さで際立つ。たどたどしい日本語ながら〈ニチニチ ワタクシガ オマエ マタ オイ子(ネ)ノナヲ シバイシバイ イフ〉。日々私はお前とおイネの名をしばしば呼ぶ▼日本語の不得手なだれかに訳させたらしい。何としても日本語で愛情を伝えたいという真剣さが伝わる。東京・両国の江戸東京博物館で6日まで開催中の「よみがえれ! シーボルトの日本博物館」で展示されている▼国禁の地図を持ち出そうとして追放されたシーボルトが没して150年。「スパイというイメージを払拭(ふっしょく)したい。調べれば調べるほど民族学者としての志の高さを感じます」と小林淳一副館長は話す▼シーボルトの夢は、日本で収集した品々を展示する日本博物館を欧州に開くことだった。習俗や動植物、宗教まで網羅した本格的な施設を、と奔走した▼しかし、頼みのオランダ政府やバイエルン国王に拒まれる。パリを訪れた幕府の遣欧使節に会い、3度目の訪日の道も探ったが、冷たくあしらわれた。「幕府は恩を仇(あだ)で返すつもりか」。嘆く手紙を息子に送っている▼最晩年は失意の日々を送ったらしい。それでも日本に注ぐ思いは終生、変わらなかった。底の浅い異国趣味では決してない。博物館開設にあたっても、日本を「野蛮」「未開」と見なす態度だけは厳に戒めた。そこに学者としての矜持(きょうじ)をみる。
2016年11月4日05時00分
2016.11.05 07:28 | URL | #- [edit]
senrryu says..."葛飾北斎の新たな絵画か オランダの博物館が所蔵"
2016年10月22日 4時39分 NHK NEWS WEB

日本に西洋医学を伝えたドイツ人医師、シーボルトが持ち帰りオランダの博物館が所蔵していた絵画が、江戸時代を代表する浮世絵師、葛飾北斎が西洋の技法を使って描いたものである可能性が高いことが分かり、北斎を研究するうえで貴重な資料として注目されています。
この絵画は、オランダのライデン国立民族学博物館が所蔵していた6点で、長崎を拠点に日本に西洋医学を伝えたドイツ人医師、シーボルトが持ち帰ったコレクションに含まれていました。

これまで作者が分かっていませんでしたが、北斎研究で知られるライデン国立民族学博物館のマティ・フォラーシニア研究員などのチームが、シーボルトの子孫が所蔵していた目録と照らし合わせたところ、「北斎が我々のスタイルで描いたもの」という記述が見つかり、北斎の作品である可能性が高いことがわかりました。

6点のうち5点は、和紙に、日本橋や品川など江戸の町並みが、遠近法など、浮世絵とは異なる西洋の技法を使って水彩で描かれていて、北斎が西洋の技法を理解していたことを示す資料ではないかとして注目されています。

マティ・フォラーシニア研究員は「当初は西洋人が描いたものと考えていましたが、シーボルトの目録を見て本当に北斎が描いたのかと非常に驚きました」と話しています。

この研究成果は、22日、長崎市で開かれるシーボルト研究者が集まる国際会議で発表されます。
2016.10.23 01:01 | URL | #- [edit]
せんりゅう says..."瀬戸大橋の西に浮かぶ本島(丸亀沖)-山陽新聞"
 瀬戸大橋の西に浮かぶ本島(丸亀市)に「シーボルトガーデン」はある。開催中の瀬戸内国際芸術祭の展示作品だ。江戸時代後期、長崎・出島のオランダ商館に滞在したドイツ人医師シーボルトが持ち帰った日本の植物から約160種が植えられている▼シーボルトは、極東の未知の国だった日本の動植物や暮らし、文化に関わる膨大な資料を収集し、欧州に紹介した。今年は東京などで里帰りコレクション展が開かれ、その足跡に再び光が当たっている▼瀬戸内海の美しさを初めて西洋に伝えたのも彼である。「美しい島々の眺めがあらわれ、本州と四国の海岸の景色は驚くばかり」(「江戸参府紀行」)。船で往復した江戸までの道中で、本島を含む塩飽諸島あたりの風景を感動とともにつづっている▼以来、欧米では瀬戸内海は「東洋の楽園」との評判が高まった。明治期には富士山や日光と並ぶ日本の観光地としての評価が定着したという(西田正憲著「瀬戸内海の発見」)▼いま、瀬戸内海国立公園を訪れる外国人観光客は年間推計値で約30万人。ここ2年間で3倍と、訪日観光ブームの中で急増中だ▼やがてイチョウやモミジが色づく本島のガーデンは、シーボルトが愛した植物と人、自然と人、文化と人とのつながりを表現したという。あす18日は彼が没してちょうど150年になる。

(2016年10月17日 08時00分 更新)
2016.10.17 13:50 | URL | #- [edit]

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