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食と農

おいしい店はどこ?江戸時代にもあったグルメガイド

料理書、ガイド本の発展で花開いた江戸の食文化

2017.01.06(Fri) 佐藤 成美
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。




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1782年刊、醒狂道人何必醇著『豆腐百珍』の挿絵より。江戸時代後期、料理本や料理屋のガイドブックは華盛りだった。(所蔵:国立国会図書館)

 平和と繁栄が続いた江戸時代は、食文化が発展し、料理本やグルメガイドブックが流行した。江戸の人々は現代人と同じようにグルメを楽しんでいたようだ。

日本人の食事スタイルは江戸時代に定着

 年も明け、お節料理など和食を食べる機会が多い季節である。お雑煮やお節料理の数々をはじめ、しょうゆやそばなど私たちが食べているものは江戸時代に広がったものが多い。1日3食の食習慣や一汁三菜などの食事スタイルも江戸時代に定着したものだ。
 江戸時代の260年余りは、平和と繁栄が続いた時代だった。江戸では、日本の中心地として武士が住むようになると商人や職人も増え、人口は増加の一途をたどり、世界でも最大規模の都市に発展した。
 17世紀後半から18世紀にかけては、江戸の都市文化が花開くとともに、食文化も発展した。食文化が発展した背景には、江戸の周辺に耕地が増大し、たくさんの作物が出回るようになったこと、流通網が発達したこと、酒や醤油、みりんなどの調味料が江戸で生産され広まったことなどがある。さらに、料理技術が一般的に普及し、料理や食を楽しむという風潮が社会に浸透した。
 こうした食文化をさらに繁栄させたのが、料理本の流行だ。江戸時代には200点以上の料理書が成立したという。それまでは、料理の技術は料理の流派において口伝や秘伝で伝えられるのみ。江戸時代初期には日本料理の儀式の1つ「包丁式」を伝える書などがあったが、その流派以外の人には料理の技法は伝わりにくかった。
 流通が発達し、食材の種類が増えると、料理法は多彩になる。庶民もお金を出せばいろいろな食材が手に入るようになったので、料理書の流行とともに料理の知識や技術が一般に広まった。

「百珍もの」などの料理本が庶民に流行

 江戸時代中期の料理書は、大名家に仕える料理人など専門家を対象にしたものだった。
 1643年刊の『料理物語』(作者不詳)は料理を作る人の立場になった実用的な内容で、当時としては画期的なものだ。また『料理網目調味抄』(嘯夕軒宗堅著、1730年)は料理法や料理の心得、用語集が記されていた。そのほか『江戸料理集』(1674年)や『料理塩梅集』(塩見坂梅庵著、1668年)などがあったが、これらはいずれも専門家向けで料理の手順などを教えるようなものではなかった。

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嘯夕軒宗堅著『料理網目調味抄』第五巻より。(所蔵:国立国会図書館)

 一方、江戸時代後期に出版された料理本は、一般向けで分かりやすく、遊び心があるものだった。
 その端緒となった『豆腐百珍』(醒狂道人何必醇著、1782年)は、豆腐料理を100種類紹介したもの。「珍」とは「美味」を意味する。単に豆腐料理を集めただけでなく、豆腐料理を「尋常品」「通品」「佳品」「奇品」「妙品」「絶品」にランク分けしている。
「絶品」は「妙品よりさらに優れたもので、珍奇にたよらず豆腐の真の味を伝える、絶妙の調和がとれた料理」とのこと。「揚げ流し」「辛味豆腐」「礫(つぶて)田楽」「湯やっこ」「雪消飯(ゆきげめし)」「鞍馬豆腐」「真のうどん豆腐」の7種類が挙げられている。豆腐に関する歴史や関連事項なども記載され、読み物としても楽しめる。

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醒狂道人何必醇著『豆腐百珍』の「絶品」のページ。(所蔵:国立国会図書館)

 豆腐百珍の流行を追って、たまご、だいこん、ゆず、甘藷、はも、こんにゃくなどを題材にした百珍ものが次々に刊行された。
『万宝料理秘密箱』(器土堂著、1785年)は鶏と卵の料理集で、前編には29種類の鶏料理、後編の「卵百珍」には103種類の卵料理が載っている。また『諸国名産大根料理秘伝抄』(器土堂著、1785年)は、煮物、汁物、なます、漬物など大根料理が並ぶ。大根の飾り切りの方法が載っており、料理の遊び心を感じさせる。
『料理早指南』(醍醐山人著、1802年)には、「料理問答」という料理の疑問に答えるページがあった。

 こうした一般向けの料理本の中でも、大ベストセラーといえば『江戸流行料理通』だ。江戸で一番の高級料亭「八百善」4代目主人の栗山善四郎が1822年から1834年にかけて書いたもので、料亭料理のレシピから調理器具の使い方までが明かされたばかりでなく、蜀山人や亀田鵬斎などの文人が寄稿し、谷文晁、葛飾北斎ら一流画家が挿絵を描き、評判になった。江戸土産として人気を博し、八百善の名は全国に知れ渡ったが、これはマスコミを使った広告戦略だった。

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栗山善四郎著『江戸流行料理通』初編の挿絵。(所蔵:国文学研究資料館)

江戸版“グルメガイド”も登場

 江戸時代になると、八百善のように多くの外食店が現れた。江戸の最初の料理屋は1657年、浅草寺の門前にできた奈良茶飯屋と言われる。江戸中期の宝暦年間(1751~64年)の頃から本格的な料理屋が現れたものの、老中松平定信の寛政の改革(1787~93年)による引き締めで一時衰退した。
 江戸時代後期の文化・文政年間(1804~30年)になると、江戸の発展とともに高級料理店から、定食屋、屋台までたくさんの外食店ができた。高級料理店で特に有名なのが先に挙げた八百善だ。山谷にあった八百善は、客の要望を重視し、季節や値段を度外視した高級料理を出し、金持ちや文人に受け入れられて発展した。
 気軽に食べられる料理として、そばや天ぷら、すしなどの屋台が発達した。江戸には周辺地域から労働者が集まり、単身の男性が多かったためだ。また、庶民は物見遊山や寺社参拝などの娯楽を興じるようになり、土地の名物や季節のものを味わうことも大きな楽しみになった。人々の食への関心は高まるばかり。そこで登場したのが、いまでいうグルメ本だ。
 江戸一番の繁華街であった日本橋付近にはたくさんの店が軒を連ね、各地から人が集まった。不慣れな人でも分かるように、食品関連の問屋や料理屋がどこにあるかを記したガイド本がまず出版された。
『江戸買物独案内』(中川芳山堂著、1824年)は、大坂から江戸に出向く商人向けの本で、2600店が「いろは」順に記載され、飲食の部には148店が掲載されている。一方、『江戸名物酒飯手引草』(1848年)は飲食店専門のガイドブックだ。また、『江戸名物詩』(方外道人著、1836年)は菓子屋がたくさん掲載されているのが特徴。現在も向島に店を構える「長命寺桜餅」の名も連ねる。

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中川芳山堂著『江戸買物独案内』2巻付1巻「飲食之部」より、御膳蕎麦屋の目録。(所蔵:国立国会図書館)


 料理屋ガイドが流行すると、有名店が誕生し、有名店を番付する評判記や、有名店がコマに並ぶ双六も登場した。
『富貴地座位』(悪茶利道人著、1777年)は、有名な商店と商品名をランキングしたもの。『流行料理献立竸(くらべ)』(気盛庵著、1854年)は、江戸の料理屋129店を番付した。
 また、『即席会席御料理』(1859年)では、江戸で有名な高級料理店を大関、関脇、小結というように番付した。いわばミシュランガイドのようなもの。先の八百善は、番付に入らず、別格で扱われ大きな文字で名前が記されている。流行した絵入りの読み物や浮世絵にも、食を題材にしたものが数多くみられる。
 双六のほうでは『江戸名物菓子屋双六』(歌川国芳画、1847年)が知られる。江戸の名物菓子屋20種類をめぐる双六だ。

江戸時代のレシピが甦る

 こうした料理本やグルメ本をぜひ見てみたい。豆腐百珍のように現代語訳され注釈付きの本や古典料理書の複製版である『翻刻 江戸時代料理本集成』(吉井始子編、臨川書店)などが出版されている。また、原書は大学の図書館や博物館などに所蔵されている。
 国文学研究資料館と国立情報学研究所は、源氏物語など約700点の古典をインターネットで公開しており、その中には『万宝料理秘密箱』の中の「卵百珍」が含まれる。さらにくずし字で書かれた卵料理20点のレシピを現代語に訳して公開した。
 しかし、料理を再現しようとすると、当時の材料や道具、計量の単位が現代と異なるため、文化的な背景の理解なしには困難だ。そこで、手始めに「冷卵羊羹」など5点を現代の材料や道具でもつくれるようにわかりやすくして、クックパッドで公開。レシピ数は増えている。和食の歴史と文化を理解する一助になればと試みたそうだ。
 江戸時代の人々の姿を思い浮かべながら、チャレンジしてみたい。

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1 Comments

senrryu says...""
v-62 当時の江戸の町はその時代背景からも、食の爛熟が進んだ時代と言えるでしょう。
現在のミシュランガイドに見られるようなグルメ誌も発行され、様々な料理が覇を競ったようですね。大変興味深い。
2017.01.11 13:25 | URL | #- [edit]

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